shine bright (※翔春前提ですが、翔くんに片思いをするオリキャラの女の子がメインです) マスターコースで共同生活がスタートしてすぐに、友千香さんは同期のアイドルの方々を紹介してくれた。現場で会った方や事務所ですれ違う方。名前はもちろんシャイニング事務所出身のアイドルだということも知っていたけれど、「あたしの同期だよ」と紹介される度に、その豪華な面々に頭がクラクラした。目の前で綺麗な笑顔を浮かべて挨拶をしてくれる先輩方は、皆さんキラキラとしたオーラを纏っていて、純粋に、さすがアイドルだなぁと思ってしまう。自分だって、それを目指しているということも忘れて。 一人だけ、作曲家の先輩も紹介してくれた。学園時代に同室だったという七海春歌さん。「春歌は作曲家なの」と紹介されて思わず間の抜けた声を出してしまったのは、七海さんがとても可愛かったから。たしかにアイドルみたいなオーラはなかったけれど、ふわりと浮かべる笑顔とほんのり色づいた頬がとても印象的だ。同期というよりは友達に近い感覚で友千香さんとハグをしている様子は、本当に仲が良さそうで羨ましかった。私は同室の子とは無難な距離感でしかいられなかったから。 「友千香さんの代って、なんというか……豪華ですね……」 「そうでしょ? もちろんあたしも含めて。なんてね」 「いえ、本当にそのとおりです。友千香さんも含めて、皆さんキラキラしていて実績もあって……すごいなぁ……」 しみじみと零してしまうのは、純粋な憧れだ。それに気付いた友千香さんは、にっと笑って頭を撫でてくれる。 「そのためのマスターコースだもの。あたしがビシバシ鍛えてあげるからね!」 「よ、よろしくお願いします!」 七海さんと別れてから現場に着くまで、友千香さんはたくさんのことを話してくれた。自分のマスターコース時代のこと。学園時代のこと。社長のこと。仕事のこと。これから始まる生活への期待と不安に、私はじっと耳を傾けていた。 ある日、友千香さんのCM撮影の現場に連れて行ってもらえることになった。某大手スポーツメーカーのCMで、体育祭の最中の、爽やかな男女の恋模様がテーマらしい。 「この手のCMになると、同期ならやっぱり翔ちゃんとか音也との共演が多いかな」 結構息が合って気楽なんだよね、と友千香さんは笑う。仕事前とは思えないリラックスした雰囲気は、今日の相手が来栖さんだからなのかもしれない。実際現場で二人が顔を合わせると、まるで学校の友達のような気楽さで話し込んでいた。笑い合って、肩を叩いて。そんな様子が、素直に羨ましいなと思う。 「こんにちは」 少し離れたところで二人を見ていた私に、小声で話し掛けてきたのは七海さんだった。 「あ、こ、こんにちは!」 私も慌てて小声で返す。そういえば来栖さんのパートナーだって言ってたっけ、と思い出しながら、彼女がここにいる理由に見当をつけた。それだけではなく、このCMのテーマソングも担当したらしい。爽やかな夏空が似合うアップテンポの曲は、このCMを飾る二人にも似合う曲だった。まだ歌詞は入っていない。スタジオにはメロディだけが流れ、それを聴きながら二人が何やら打ち合わせをしている。 「大好きな二人に……トモちゃんと翔くんに歌ってもらう曲だから、締切ギリギリまで粘ってアレンジしたんですけど……」 七海さんが二人に視線を向けると、気付いた二人は輝くような笑顔で親指を立てた。 何時間にも及ぶ撮影後、七海さんのもとに駆け寄った来栖さんは、満足そうな笑顔を浮かべていた。七海さんも嬉しそうに微笑んで、感想を次々と述べている。楽しそうな二人の様子は、子どものようでもあり親しい恋人のようでもあり、なんだか見ていて不思議な気持ちになった。パートナーとはそういうものなのだろうか。 「じゃあ、あたしたちは次があるから。またね、春歌! 翔ちゃんは明日もよろしく!」 「おう! お疲れ」 「お疲れ様でした!」 ぺこりと頭を下げ、二人に見送られながら友千香さんについていく。「どうだった?」と尋ねられ、私は先程の七海さんと同じように感じたことを次々と述べていった。現場で見たことはいろいろと勉強になったし、聞きたいこともたくさんある。何より、早く完成されたCMが見たい。 「そうだね。でもまだメインの歌録りができてないからなー。実は翔ちゃんと合わせるの初めてでさぁ」 「……緊張、しますか?」 「あ、ううん。緊張はしない。翔ちゃんだもん」 「……」 それは、彼の人柄か。それとも同期という繋がりか。自分では絶対に作れない二人の関係を、羨ましく思ってしまいそうになる。 「? どうかした?」 「あ、いえ……」 友千香さんには話していないけれど、私は前にも来栖さんと会ったことがある。正確に言うと、彼のPV撮影のエキストラとして参加したことがある程度だけれど。その時はアイドル好きの友人に連れられて半ば無理やり参加させられたのだけれど、そこで見た世界に憧れて、私はこの業界に飛び込んだ。いわば、きっかけをくれた人なのだ。 (だから、かな……) 目で追ってしまったり、羨ましいと思ったり。最近の自分の感情に自覚はあったけれど、名前を付けられるような想いにはしてしまいたくなかった。禁止令が出ているからというわけではない。ただ、気が付きたくなかったからかもしれない。 それからしばらくして、例のCMは完成した。走り抜ける主人公。応援と歓声。涙を浮かべた瞳。最後に一言「かっこよかったよ」と手渡されるスポーツタオル。たった30秒の間に作られる物語に、私はすっかり引き込まれてしまった。元気で爽やかな夏のメロディと合わさって、まさに青春という二文字が似合う仕上がりだ。 素敵だなぁと思い返しながら買い出しに出掛けると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。CMは青空のもとで撮影されたけれど、実際の季節はまだ夏の手前。夕立の多い季節だ。 「あ、傘忘れちゃった……」 慌てて近くのビルの下に避難させてもらう。きっと、昨日のように一時的な雨だろう。ザアッとひとしきり降ったあとは、じめじめとした曇り空に戻るはずだ。 (……あれ?) 同じように駆け込んできた人物に、ちらりと視線を寄越す。金色の細い髪からは雨粒が落ち、眼鏡と帽子で顔が隠れてはいるけど、この人は。 「……来栖、さん……?」 声を潜めて尋ねると、しまった、というように肩が揺れる。けれど、私が「渋谷の後輩」であることに気がつくと、少しだけ安心したように息を吐いていた。 「ごめんなさい、驚かせてしまって」 「いや、こっちこそ。つーか知り合いで安心した」 ビルの下は、二人きり。雨の中を歩く人たちは、視界が悪いせいでこちらを気にする様子はない。それでもなんとなく小声で、たわいのない話をする。マスターコースは順調か、学園時代はどうだったか。まさかこんなふうに二人きりで話す機会ができるなんて考えてもみなかった私は、しどろもどろになりながらなんとか話を続けるので精一杯だ。 「あ。そういえば、この前のCMとっても素敵でした!」 「お、見た? 曲もいい感じに仕上がってただろー」 「はい! お二人のキラキラした演技と同じくらい、明るくて爽やかで」 そう言うと、来栖さんは撮影の時の裏話を聞かせてくれる。時々雨の音で声が掻き消されそうになるけれど、楽しそうに話す横顔をじっと見つめていた。その笑顔があまりにも無邪気で、人懐っこかったからかもしれない。 「……変なこと、聞きますけど……」 「ん?」 「来栖さんは、好きな人いますか……?」 「えっ……」 思わず口から出た言葉に、自分自身でも驚いた。 「あ、ご、ごめんなさい! 違うんですえっと、その……撮影のときの表情がとてもリアルだったので……そういうお相手がいるのかと思って……っ」 「……」 「友千香さんじゃなくて、もっと別の誰かをみているのかなって、あの……」 やってしまった、と背中に冷や汗を感じながら、反応を窺う。なんて事を聞いてしまったのだろう。もしも怒っていたら、素直に謝ろう。なかったことにしてもらおう。それよりなにより、こんな自分が恥ずかしい。 「……いや、うーん……どうなんだろ」 「…………え?」 「どっちかっつーと、早乙女学園じゃなくて、普通の高校生活を送ってたらこんな感じだったのかなって考えてたかも」 彼は、私の問いに肯定も否定もしなかった。 「俺、ちょっと事情があって、早乙女学園に入る前も普通の学生生活じゃなかったからさ。単純にいいなーって思いながら演じてた。リアリティあったんなら、それは俺にとって褒め言葉だぜ」 ザアザアと雨足が強まる。私は何て返したらいいのかわからずに、笑顔を浮かべたままの来栖さんを見つめた。 「早乙女学園だって、恋愛禁止令なんてあるけどさ、社長自身が『愛故に』って歌ってるくらいじゃん。誰かを愛する気持ち自体は、悪いことなんかじゃないと思うんだ」 「はい」 「そいつのために強くなって、でっかくなって……それで、一緒に笑い合えたら幸せだよな」 「……そうですね。とても」 ああそうか。この人には、好きな人なんて可愛らしい恋じゃない。ずっと護っていきたい、愛すべき人がいるんだ。 これまでよりもずっと、力強く輝く笑顔。私が憧れたアイドルは、きっとずっと、誰かを愛し続けている。 「お。雨弱まってきたな」 「もうすぐ止みそうですね」 しとしとと落ちる雨はおとなしく、間もなく止むのだろうとわかる。向こう側に見える空は想像していたよりも青く、どうやら晴れてくれそうだ。 「それじゃ、マスターコースがんばれよ!」 「はい! ありがとうございます、がんばります」 私、あなたに憧れてこの世界に入ったので、とても励みになりました。 言葉にすれば余計な気持ちまで溢れてしまいそうで、たくさんの想いを胸にしまった。いつか、堂々と言葉にできる日がきたらいいなと願う。純粋な気持ちで、同じアイドルという立場で。あなたの背中に追いつきたいと。 16.07.21. 翔春前提の翔くんに恋する女の子の話が見たいとネタをいただいたので、チャレンジさせていただきました 一生懸命でまじめで、聡い子だといいなと思います 春歌みたいな部分も翔みたいな部分も持ち合わせたような もっと翔春要素も出したかったしこの子についても詳しく書きたかったんですけど、字数の関係で断念しました…本気出したら薄い本出すレベルの長さになってしまう… →back |