Beautiful Days ドアを開けた瞬間からジリジリと焼けるような熱を感じ、レンは思わず「うわぁ……」と口にした。手で陰を作りながら空を仰げば、青空と入道雲が広がっている。見事な夏空だ。良い天気だといえばそのとおりなのだが、ちょっと良すぎるのではないだろうか。 「なぁ、リン。マジで出かけんの?」 「うん!」 散歩をするには暑すぎる、と文句の一つでも言いたかったのだが、奥から聞こえた彼女の声はあまりにも弾んでおり、しかたなく口を噤む。何がそんなに楽しみなんだ、とため息を吐きながら、支度が終わるのを待った。 リンは、どうやら暇を持て余していたらしい。新曲のレコーディングは終わり、ここ数日はマスターによる編集作業期間だった。しばらくはおとなしくボーカルレッスンをしていたが、さすがに飽きてしまったようで、いつまでも家にいたらカビちゃう!という叫びのもと、レンを散歩に誘い出したというわけだ。 (まあ、オレも暇だったけどさあ……) さすがにこれはちょっと……と、再び空を見上げる。その眩しさに、目を細めずにはいられない。そして暑い。まだ軽く外を覗いただけだというのに、すでに首の辺りからじんわりと汗が吹き出している。夏はそういうものだと言われてしまえばそれまでなのだが、普段冷房の効いた室内にいることが多いレンにはなかなかの苦行だった。もうちょっと気温が下がる時間とか、風がある日とか、選択肢なんていくらでもあっただろうに。 (……ま、いいけど) リンにはつい甘くなってしまう。それくらいの自覚はあった。 だって、ずっと二人でいたのだ。物心がついたときには傍にいて、記憶はないがそれこそ生まれたときからずっと一緒で。楽しいときも、お姉さんぶっている姿も、たまには泣き顔も。全部全部、見てきたから。周りから何と言われようと、そんな存在といられることに、誇らしい気持ちだってある。 「おまたせ!」 「おー」 着替えを終え、奥から出てきたリンが着ていたのはワンピースだった。そんなの持ってたっけと問えば、先日撮影で使用したものをそのままもらったのだという。花柄のそれは彼女にとても似合っていたが、恥ずかしくて言葉にはできなかった。 「どうかな? 似合う?」 「んー」 「……へへ」 「……なんだよ、何も言ってねーのに……」 見透かしているとでも言いたげな笑みに、いたたまれず視線を逸らす。短いながらも三つ編みにした髪が、なおさらいつもと雰囲気を変えていた。ぴょんと跳ねた毛先だけは、いつもどおりだったけど。 リンは手にしていた大きな麦わら帽子を被ると、レンの横を通り抜け、足取り軽く外へと踏み出す。 「うわー、あっついねぇ」 数歩先に出たところで、立ち止まって空を見上げるリン。言葉ではそう言っても、声は楽しさを隠しきれていない。後ろ姿でもわかる彼女のテンションに、呆れながらも笑みが浮かんだ。本当に、何がそんなに楽しいんだか。 「ねぇ、レン」 「ん?」 ふわり、と。振り返ったリンの、ワンピースの裾が揺れる。その動きは、まるでスローモーションのような光景だった。 「いい天気だね」 それは、聞き慣れたソプラノ。なんでもないただの晴れた日だというのに、彼女はこんなにも、綺麗に笑った。 (……眩しい) 帽子の陰に隠れているはずの笑顔が眩しくて、レンは思わず目を細める。差し込む光と熱に、じりじりと身が焦がれるようだった。じりじりと、じわじわと、その身の内に広がっていく。 「……レン?」 「……うん」 だから、これは全部、夏の暑さのせいなのだ。 「どこ行こっか」 そう自分自身に言い訳をして、驚く彼女の右手に力を込めた。 →back |