愛のメロディ | ナノ


愛のメロディ




 アイドルとして日々忙しく生活していても、なかなか誕生日というのは忘れられないものだった。単純に楽しみにしているということもあるし、仲の良いスタッフさんが声を掛けてくれるということもある。そして、今年は同じ誕生日である那月とともに、とある番組の企画で「もし誕生日デートをするとしたら」というコンセプトのロケが行われていたのだ。ロケは無事に終わり、誕生日翌日のオンエアを待つのみである。
 仕事は思っていたよりも順調で、九日も夕方以降の予定は空いている。となると、どうしても気になってしまうのが恋人である春歌の予定だ。締切は決まっているものの、早めにOKが出るかどうかは先方の判断による。もし何件か締切間近のものを抱えていたら、当日に祝ってもらうのは難しいかもしれない。
 翔としては、毎年張り切って手料理を作って、プレゼントまで用意してくれる可愛い恋人と甘い時間が過ごせるのなら、日にちにこだわりはあまりなかった。お互い仕事が忙しいのは承知の上で、それでも翔を喜ばせようとしてくれるのが本当に嬉しいから。けれど、春歌の方が都合が悪いとなると、春歌自身がものすごく申し訳なさそうな顔をして落ち込んでしまうのだ。気にしないから、と言っても諦めきれないようで、無理やり予定を空けようとしたりする。その気持ちは嬉しいのだが、ただでさえ普段から無茶をする彼女だ。自分が見ていないところで倒れてしまわないとも限らない。
「どうすっかなぁ……」
「どうかしたのかい?」
「うおっ。急に覗き込むな。近い」
 携帯を片手に何て連絡しようか悩んでいると、唐突にレンが顔を出した。今日はレンのラジオにゲストとして呼ばれており、今は控え室でお互い何をするでもなく過ごしていた。何の気なしに呟いた独り言に食いつく辺り、さすがだ。ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらを見続けるレンは、その独り言に興味があるようで、なかなか引いてくれない。ため息を一つ吐くと、翔はしかたなく説明を始めた。
「なるほどね。でもおチビちゃんのためなら、レディはきっと当日空けられるようにしてると思うよ」
「……そうなんだけどさ、そうやって無理させたら悪いなって思うだろ」
「そうじゃなくて。たぶん計画的に進めてるだろうから、今から無理させることもないだろうって意味だよ。むしろおチビちゃんの予定がどうなのかソワソワしてる頃なんじゃない?」
 そう言って、レンはカレンダーを指差した。誕生日まで、あと一週間だ。
「ん。……ちょっと聞いてくる。まだ時間あるよな?」
「うん、行っておいで。そっちが気になって集中できないと困るからね」
「そんなミスしねーよ」
 長年の付き合いになる同期と軽口を叩きながら、翔は控え室を後にした。誰かに内容を聞かれても困るので、そのまま一旦外に出る。履歴から名前を探して発信すると、三コール目で春歌が出た。
『もしもし。翔くん?』
「おう。おまえ、今家にいる?」
『はい。今日は会議もないので、家で作曲をしてました』
「そっか。……あのさ、来週って忙しいか?」
『来週……あっ、翔くんのお誕生日ですね! もちろん大丈夫です! 締切が近いのはあるけど、順調に進んでるから』
 電話越しに聞く春歌の声は、まるで自分のことのように喜んでいて、思わずこちらまで笑顔になる。レンの予想通りというのはちょっとだけ悔しいけれど。
「俺も、夕方には終われそうなんだ」
『本当! わぁ、じゃあ準備して待ってるね!』
「おう! ありがとな、俺も楽しみにしてる。……けど、絶対無理すんなよ」
『ふふ、わかってます』
 じゃあ、今から収録あるから。と要件だけで終わらせたけれど、口元が緩むのを抑えられない。どうせニヤニヤしたレンが待ってるんだろうなぁ、と控え室への道を急いだ。



 翔の誕生日当日。春歌は張り切って夕食の用意をしていた。メインは、迷った末にハンバーグシチューだ。
(美味しくできるといいな)
 翔は、何を作っても喜んで食べてくれる。その目の輝きは、作り手にとって一番嬉しいご褒美だ。
 小さめのハンバーグを二つずつ作り、残りは後日食べられるように通常のサイズにまとめて冷凍しておく。チーズを乗せて焼いてもいいな、なんて思いながらタネを作っていた。サラダやスープももちろん考えてある。主食は、念のためご飯とバゲットの両方を用意した。
 ケーキだけは、市販のものを買ってある。初めの頃はケーキも手作りだったのだが、以前春歌の誕生日に種類が違うケーキをいくつか買ったところ、お互い食べさせあったりいろんな味が楽しめたのをきっかけに、それ以降はお店で買うようになったのだ。今年は、二人で行ったカフェの中で翔が気に入っていた店のケーキにした。種類が違う四つのケーキは、冷蔵庫の中で冷えている。
(翔くんが一番気に入った味のケーキを、クリスマスに作ろうかな)
 クリスマスは、家でちょっと贅沢な夕食と春歌の手作りケーキというのが定番だ。街中に溢れる多くの恋人は、他人のことになど構っていられないことは承知だけれど、それでも万が一ということがある。あの煌びやかなイルミネーションに少なからず憧れはあれど、まだまだ夢を追いかけている二人としては、スキャンダルは避けなければならない。それに、なにより少しでも自分との時間を確保してくれようとする翔の気持ちが嬉しかった。
 ハンバーグに火を通し、シチューの中で再度軽く煮込む。一度休憩しようとリビングへ戻り携帯を見ると、翔から『今から帰る』とのメールが来ていた。
「うん、ちょうどいい時間になりそう」
 わかりました、と短く返事をして、春歌は再びキッチンへと向かった。楽しみだなぁ、と頬が緩む。翔の誕生日は、春歌にとっても特別な日だ。



「おお、すげー! 全部うまそう!」
 帰宅した翔がシャワーを浴びている間に、食事の準備を整えておいた。リビングに戻ってきた彼は、テーブルの上に並ぶ料理の数々を見て、目を輝かせて喜んでくれている。
「ふふ。お口に合えばいいんだけど」
「それは大丈夫だ。絶対うまい」
 その確信めいた話し方が嬉しく、春歌の口元には再び笑みが浮かんだ。まだ少しだけしっとりと濡れている金髪が、部屋の電気でキラキラと光る。
「あ、そうだ。ごめんなさい、忘れないうちに録画したいものが……」
「録画?」
「明日だよね? 翔くんと四ノ宮さんの……」
「ああ、あれか。明日だぜ。夜の八時から」
「えっと、八時……あ、できました!」
 お待たせしました、と席に戻ると、翔は少しだけ照れくさそうな顔をしながら笑っていた。
「どうしたの?」
「いや……おまえさ、だいたい俺がいないうちにそういうのやっといてるじゃん。だからなんか、嬉しいっつーか恥ずかしいっつーか……」
 もうパートナー組んで何年も経つのにな、と頬を掻く。目の前の可愛い彼女は、パートナーであると同時に、アイドル来栖翔のファンであることを自覚させられた気分だ。春歌にはいまいち伝わっていないようだったが、それより腹減った!と翔は自ら話題を打ち切った。
「あ、そ、そうですね!」
 春歌は慌てて、シャンパンを用意する。けして高級なものではないけれど、昨年の二十歳の誕生日の時からは、ジュースの代わりにシャンパンを用意することにしたのだ。ボトルを傾ければ、心地良い音とともにグラスに透明感のあるゴールドが広がる。
「翔くん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとな、春歌」
 チン、と軽くグラスを合わせれば、少しだけ大人の気分になれた。
 並べられた二人分の料理に、翔はいちいち感動しながら手を付けていく。特にメインのハンバーグシチューが絶品だった。ハンバーグは翔の好みに合わせられた味と柔らかさで、シチュー自体もいろいろな具材が煮込まれているオリジナルのソースだ。何を入れているのか、どのくらい時間がかかったのか、料理に関することもそうでないことも、たくさん話をした。
 こうして二人でゆっくりと食事ができる日は、あまり多くはない。互いの部屋を行き来しているものの、正式に同棲しているわけでもなく、有難いことに仕事の予定も多い。まだ世間には付き合っていることを公表していない以上、行動範囲にも制限があった。家でのんびりと過ごす二人の時間は大切で、それを改めて噛みしめる。今日という日を、こんなにも喜んでくれる彼女がいるということを。
「……俺さ」
「うん?」
「正直、毎年こうやって祝ってもらえるだけで嬉しいから、誕生日当日っていうことにこだわりはなかったんだ」
 スプーンを置き、正面から春歌の瞳を捉える。
「明日の番組、前にも言ったけど、那月と一緒に『もし彼女と誕生日デートをするとしたら』っていうのをテーマにして撮影してきたんだ。たとえば……那月は紅茶が好きだから、カフェがいいとか」
 まぁ今回は俺が相手だけど、と小さく笑う。
「一緒にケーキ食べて、ショッピングして、ベタだけど映画観たりなんかしてさ。結構楽しかったんだぜ」
 春歌にもその姿は簡単に想像できて、自然と口元が緩む。
「……たぶん、さ。もし俺がアイドルじゃなかったら、ああいうのに憧れたんだろうな」
「……」
「俺、おまえにばっかり我慢させてると思ってた。普通のカップルみたいにデートしたいのかな、とか。けど違うんだ。大人ぶって割り切ったふりしてたけど、俺が我慢してた。俺もたぶん、ああいうのに憧れてる」
「翔くん……」
 初めて吐露された翔の本音は、春歌が想像もしていないことだった。何と返していいかわからず、視線を彷徨わせる。一人でおろおろしていると、フッと笑う気配がして、窺うようにそちらに視線を向けた。
「だけどさ、そんな気持ちを思い出せないくらい、春歌が楽しませてくれてるんだ」
 へへ、と笑う翔とは対称的に、春歌の目はきょとんとしている。目の前でくるくると変わる表情が愛しい。
「祝ってくれるのも、別に当日じゃなくてもって本当は思ってた。けど、春歌がこうやって張り切ってくれてるのが、俺の誕生日だからって考えると……やっぱり、嬉しいもんだな」
 日にちがずれても祝ってくれてることには変わりないしって思ってたけど、春歌が当日にこだわってくれてたのが、なんかちょっとわかった気がする。
 翔が零したその言葉に、目頭が熱くなる。まだ病気を抱えていた頃の想いが、見え隠れしている言葉だ。
「……うん。翔くんが生まれた日だもん。大事にしたいです」
「ん。……ありがとな」
 目を細めて優しく微笑む翔は、大人ぶってなどいない。正真正銘、大人に近付いた男の人だった。
 なんとなく、ドキドキしてしまって、言葉が紡げない。甘い緊張感が漂う沈黙に、感じるのは幸福。
(翔くんは、わたしの大切な人だから)
 翔は、アイドルとしてたくさんの人に愛されている。同じ事務所の仲間からもそうだ。そんな彼の特別な日に、ささやかだけれどお祝いをして、一緒に過ごせるなんて。一緒に過ごしたいと思ってくれているなんて。
(贅沢で、幸せで……)
 きっと、忘れてはいけない気持ち。
 溢れるくすぐったさは頭の中でメロディーになって、鮮やかな音を紡いだ。




15.06.09.(来栖翔誕生日)
翔くんさん21歳のお誕生日おめでとうございます
20歳は翔くんにとって特別な歳で、きっと想うことがたくさんあって
その翌年という、それはそれで大事な年
じんわりと幸せを噛みしめる成人済みの二人、いいと思います




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