暮夜 | ナノ


暮夜




 隣で眠る彼を起こさないように、春歌はこっそりとため息を吐いた。布団に入ったのは、日付が変わって少し経った頃。今はそれからどれくらい経ったのだろうか。
 春が近付き、少しずつ暖かいと感じられるようになってきた今日この頃であるが、朝晩はまだ冷える。そのせいか、春歌は最近寝付きが悪かった。仕事は比較的順調であり、睡眠時間もそれなりに取れるはずなのに、眠れない。その状態が数日続いてくると、さすがにしんどいものがあった。
 背中には、隣で眠る蘭丸の気配がある。後から布団に入ってきたはずだったが、どうやら彼はすぐに眠りについたらしい。静かな部屋に規則的な息遣いが心地よく、思わず笑みが零れた。隣に感じられる温もりがやさしい。けれど、それとは対照的な冷えた自分の足先に、春歌はもう一度小さく息を吐いた。瞼は重く、それに従って目を閉じているというのに、頭の中だけはっきりとしていた。
「……春歌?」
 ふと、抑えた声が名前を呼ぶ。いつもよりも少しだけ幼く聞こえるのは、先程まで寝ていたからだろうか。
「……ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
 春歌はゆっくりと身体の向きを変え、蘭丸と向き合う形になる。眠たそうなグレーの瞳と目が合った。仕事用のメイクをしていない彼の顔は、まだ見慣れない。これが恋人の特権なのだと思うと、どうしても口元が緩んでしまう。
「どうした?」
 蘭丸の大きな掌が頬を包む。あたたかな掌から、体温がじんわりと伝わって心地よい。体温と一緒に、彼のやさしさが伝わるような気がした。
「えっと……ちょっと、寝付けなくて……」
 正直に伝えると、彼は「そっか」とだけ呟いた。頬を撫でていた手が髪に触れ、ポンポンとあやすように頭を撫でられる。春歌はそっと目を閉じて、その優しさに甘えた。
「仕事、きついのか?」
「あ、いえ。今は締切近いものもないですし、そういった理由で眠れないわけではないかと……」
「……ん。それならいいんだけどよ、無理はすんじゃねーぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
「なに笑ってんだよ。ったく……」
 小声で交わされる言葉は、二人だけの秘密。なんでもないやりとりが二人だけの秘密になる、やさしい時間。
「こうしてもらえるだけで、なんだか幸せな気持ちです」
「……おれもそう思えるようになったんだから、不思議なもんだな」
 蘭丸はそう言うと、春歌の腰に腕を回し、少しだけ引き寄せた。寝るぞ、という合図なのだろう。春歌も彼の胸に顔を寄せ、心臓の音を聞きながら再び目を閉じた。乗せられた腕の重みが心地よく、先程よりも近くなったぬくもりに包まれて、自然と眠りに誘われる。
(安心する……)
 狭い一つのベッドの上でも、二人にとっては居心地がよかった。




15.03.25.
ASASプレイ後、どうしても蘭春が書きたくなったので
こういうなんてことない日常を書くのが好きなんですけど、蘭春でそれを書いてもいいんだなぁと感じたのが大きかったです
ASAS本当に素晴らしかった…どれもよかった…




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