夢 悪夢にうなされるのは慣れていた。そんなもの、もう何度見たかもわからない。飛び上がるようにして起きれば、呼吸は荒く、身体も汗まみれで気持ち悪い。そんなの、慣れてしまっていた。 けれど、それはそれでいいと思っている。目が覚めれば、いつもの天井が目に入って、押し入れの中には神楽がいて。時間になれば、新八も来るだろう。定春のありすぎる存在感だって、今は。 (これが現実なんだって、思わせてくれるから) あれは夢だ。夢でしかないんだ。俺が今いる現実とは、別の世界。 そう頭ではわかっていても、うなされるのは無意識だからどうしようもない。気付けば夢の中で、血の色をした世界で、俺は。 「……っ!」 目が覚めた時、そこにいつもの天井はなかった。代わりに見えたものは、不安げに覗き込む見知った顔。 「……あ、れ……?おまえ、なんで……」 全速力で走った後のように、息を切らして。それでも、ふだんそこにいるはずのない人物に向かって尋ねた。 「ごめんなさい、勝手に上がってしまって。用事があって来たのだけれど、銀さんまだ寝ていたみたいだから……」 最初は起こしたらいけないかなと思って見ていたんですけれど、うなされているみたいだったから気になっちゃって。なんだか、そのままにしておけなくて。 そう言われて、枕ではない感触に気がついた。ああ、だから天井じゃなくてこいつの顔が見えたのか。ついでに言うと、何度か頭をなでられていた気がしたし、今でもお妙の手は添えられているのだが。なんとか事情が飲み込めた頃、俺の呼吸もようやく落ち着きを取り戻したようだった。 「大丈夫ですか?」 「ああ。……膝、どうもな」 「貸しにしておきます」 「や、頼んだわけじゃねーし」 「あら、女の子の膝を借りといてその態度?」 その言葉には苦笑するしかなかったけれど。起き上がって、いつもどおりの彼女の笑顔を見て、なんだかいつも以上にほっとした。俺が今いる世界はこの世界で、それはいつもと変わらないことなのに。 「……銀さん?」 「ん、」 「大丈夫ですか?具合でも悪いんじゃ……」 そっと額に伸ばされた手。どんなに強くて凶暴な女とはいえ、その手はやっぱり女のもので。触れたときの柔らかさは、あたたかいとも冷たいとも違う。ただ、ここちよい。 その手を額から剥がすように捕まえて。勢いのままに抱きしめてしまえば、はっと息をのむ音が聞こえた。時間にすれば3秒程度のものだろう。柔らかいとかいいにおいがするとか思う間もなく、名残惜しくなる前に身体を離した。それで十分だったのだ、こちらの世界を感じるには。 夢の中とはいえ、血にまみれた世界に光が射すことはなかった。けれど、目覚めれば光に溢れた世界が広がっている。それは、いつだって変わらないことだった。 珍しく殴りもしないな、と思ってよく見れば、目の前の女は真っ赤になって固まったまま。ふだん大人ぶってはいても、やっぱ子どもなんだよな。洗面所に向かおうと立ち上がり、お妙の頭に手を置きながら、「あんがとさん」とだけ呟いた。そこに込めた感謝の気持ちがどれだけ大きいかなんて、知らなくていい。 彼が洗面所の方へ向かったのを見届けて、ようやく詰めていた息を吐いた。けれど、視線は彼が消えていった方から逸らせない。 一瞬のうちに、いったい何が起こったのか。それははっきりとわかっている。だって、一瞬なんかじゃなかったのだから。もちろん腕の感触も残っている。 (なんでもないのよ、きっと、このくらい) 私は子どもで、恋愛の経験なんかないからこんな反応しちゃうけど。でもきっと、銀さんにとっては……そう考えると、なぜだか胸が痛むような気がした。 膝枕はやりすぎだったかもしれない、と思ったのは彼が身体を起こしたあのときだけで、そのあとしてきたことの方がよっぽどやりすぎだ。少なくとも、私にとっては。戻ってくる銀さんと目が合うかもしれない、と思うのに視線を逸らせないのも、きっと彼のせい。 10.04.01. ありがちなネタですが、好きです この二人は想いを伝え合う前にいろいろとハプニングがあってほしい →back |