Don't tell anybody ピンポーン、と明るい音が部屋に響く。神楽は適当に返事を打つと、パタパタと玄関へ向かった。 戸を開ければ、立っていたのは妙だった。 「姐御! どうしたアルか?」 「こんばんは、神楽ちゃん。急にごめんなさいね」 にこりと綺麗な笑みを口元に浮かべ、銀さんはいるかしら?と尋ねられる。 「銀ちゃんは寝てるアル。待ってて、今起こしてくるヨ」 「あ、寝てるならいいの。ちょっと渡したいものがあっただけだから」 「渡したいもの?」 疑問符を浮かべながら妙を見遣ると、はい、と差し出されたのは木の箱だった。受け取ったそれは、想像していたよりも重い。 「……これ、お酒アルか?」 「ええ。最初はケーキでも買ってこようと思ったのだけど、新ちゃんが用意しているかもと思って。お酒も、お登勢さんのところには十分あるでしょうけど、気兼ねなく呑める分も欲しいでしょう?」 「さすがアルなー。きっと銀ちゃんも喜ぶヨ」 「ふふ、そうだといいけど。……ごめんなさいね、せっかく誘ってくれたのに」 寂しそうな表情を浮かべる妙に、ぶんぶんと首を振る。――今日は、銀時の誕生日パーティを開くのだ。 パーティだなんて言ってもそんなに洒落たものではなく、いつものメンバーが一階に集まってドンチャン騒ぎをしたいだけなのは想像に容易い。主役の彼自身、その方が性に合っている自覚があるのだろう。いつもと違うとすれば、新八と神楽が用意した派手な色の飾り付けと、フルーツと生クリームがたっぷりと乗せられたデコレーションケーキくらい。それでも、今日を楽しみにしていた。 当然、妙も誘ったのだが、普段の桃色の着物ではなく紫を身に纏った彼女は、今から仕事に行かなくてはならないのだと言う。なんとか休みを取ろうとしてくれてはいたのだが、季節の変わり目である今、風邪を引いた従業員が少なくないらしい。そこで休みを取れるほど、妙は空気が読めない女ではなかった。 「だから気持ちだけでも、ね?」 妙の向こうに見える空は、既に陽が沈み紺色に染まりかけている。夕陽と闇のグラデーションのせいか、妙の表情が少しだけ寂しそうに見えた。 なんだか、盛大なため息を吐きたい気分である。こんなにも想われているというのに、あのマダオは。 「銀ちゃん、愛されてるアルな」 「え?」 「そういえば、姐御はいつから銀ちゃんのこと好きだったアルか?」 「か、神楽ちゃん!」 大きく目を開いた彼女に、神楽は純粋な眼差しを向けた。妙の左手と、そして襖の向こうにいる銀時の左手には、お揃いの指輪が嵌められている。 「私、銀ちゃんと姐御が結婚して嬉しかったアル。びっくりしたけど、全然意外だとは思わなかったネ」 「神楽ちゃん……」 「マダオだけど、それでもいいって思えるくらい、何かあったアルか?」 「……そうねェ……」 妙はしばらく考える素振りを見せたあと、観念したかのように小さく呟いた。初めは興味本位だった神楽も、言葉にするうちにそれは自然な疑問となる。 銀時と妙は、数ヶ月前に入籍した。事実婚でも良かったけど、とどちらともなく呟いていたが、そうは思っていてもけじめはつけたかった、というのが本音なのだろう。素直じゃない二人は、どうやらいつまでたっても素直にはなれないらしい。 「……本当はね、どこが好きかなんてよくわからないのよ」 「えっ?」 慌てる神楽に、妙は、ふっと表情を緩める。 「悪い意味じゃなくてね? 初めて会った時から、銀さんは銀さんだったから。ちゃらんぽらんで、死んだ魚のような目をして、やんちゃばかりして。……でもどこか、芯のある人」 「……」 「それが、もうずっと変わらないの。何をしても変わらない。不思議でしょう?」 懐かしむように言葉を紡ぐ彼女を、神楽はじっと見つめるしかない。 「何をしても、銀さんは銀さん。私の中では、そうなっちゃっているのね。だからきっと、どこが好きとかそういう恋じゃなくて……でも、ずっとあの人の何かに惹かれ続けてる。そんな気がするわ」 あの人には内緒よ? 外はすっかり暗くなってしまったというのに、なぜだかキラキラと輝いて見えた。人差し指を口元に当ててはにかむ姿は、同性の神楽から見ても愛らしい。初めて見る表情。目が離せない、とはこういうことなのだろう。 (でも銀ちゃんはきっと、姐御のこの表情を一生見られないんだ……) かわいそうな銀ちゃん、と、ざまーみろマダオ、という声が、同時に頭に浮かんだ。恋愛経験に乏しい神楽にもわかる。これはきっと、女同士の特権だ。 「それじゃあ、私は仕事に行ってくるから。今夜は楽しんでね」 「うん。ありがとネ、姐御!」 もらった日本酒を掲げると、妙も片手を挙げて笑顔を浮かべた。階段を降りていく音がして、次第にしんと静まり返る。 (……ごめんね、姐御) 神楽の心の中には、小さな罪悪感が生まれた。内緒よ?と言われた時には、もう遅かったのだ。 「女同士の会話を盗み聞きするなんて最低アルな」 「……」 襖を開くと同時に低い声で告げれば、さすがの銀時も気まずそうに目を逸らした。寝ていたはずの彼が起きたことには気配で気付いていたが、どうしても妙の告白を聞きたくて黙ってしまっていたのだ。神楽は、わざとらしくため息を零すと、貰った日本酒を手渡す。 「さっきの姐御の告白は、私からの誕生日プレゼントってことにしておくネ」 「……たっけぇプレセントだなオイ……」 倍返しとかできねェよ?と言いながら木箱を見つめる銀時の瞳が優しくて、なんだかいけないものを見てしまったような、嬉しいような、複雑な気分になる。姐御は、銀ちゃんのこんな顔、知っているのだろうか。 14.10.30.(銀妙月間) 銀妙10月祭ありがとうございます! →back |