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 明日帰る、と連絡を入れたとき、心なしかウィンリィの声がいつもより弾んでいるような気がした。その声に、思わずこちらまで口元が緩んでしまうような。実際に受話器を下ろしたときの表情は、誰にも見られていないとは思うのだが。
 アルの身体と自分の右腕を取り戻してから初めての旅。それはつまり、ウィンリィと恋人という関係になってから初めての旅でもあった。彼女は当然笑って見送ってくれたが、少なくとも俺は寂しい気持ちがないわけではない。旅に出ることを決めたのが自分自身でも、だ。それでも、笑って送り出してくれるやつでよかったなと思う。だからこそ、安心して前へ進める。
 簡単には終わらない旅であるが、一区切りついたところで、思い出したのはやはり彼女の顔であった。元気かな、と考えてしまってから数日、ようやく電話を入れた。まめに連絡を入れるような性格ではなく、以前からよく怒られていたため、ウィンリィも驚いているようだった。「また壊したの?」「壊してねーよ!」というやりとりは相変わらずで、変化した関係も変わらぬままのやりとりも、どちらもくすぐったく感じられる。
 そんなことを思い出しながら駅までの道を歩いている途中、ふと目についた店があった。
(土産……土産、なぁ……)
 鮮やかな色をした小物がずらりと並ぶ雑貨屋。思わず目には留まったものの、あいつにはこういうのじゃなくて……とすぐに視線を外した。思い出したのは両耳に開いたピアスだが、それをあげるつもりもない。買って帰ると約束をしたわけでもないのだが、一度思いついてしまうと何も買わないのが躊躇われてしまう。
(何かもっと、こう……ピンとくるやつ……)
 特に何を買うか決めていないため、自分の中でも曖昧な想像しかできない。汽車まではまだ少し時間があるのだが、具体的な目的がなければ店を探しに行くこともできなかった。ガシガシと頭を掻きながら歩き続けていると、ようやくある店の前で足が止まった。深く考えたわけではない。ただ、それが一番しっくりくるような気がして、立ち止まる。
「……」
 どれくらいそうしていただろう。への字に口を曲げたまま店の前に立たれるのが迷惑だったのか、店員が「よろしければご覧になっていってくださいね」と曖昧な笑顔で応対してくれた。



 久しぶりの再会に、本当は少しだけ緊張していた。公衆の面前でのプロポーズは思い出すだけでも恥ずかしく、何度一人で頭を抱えたかわからない。そんな経緯もあって、どんな顔をしたら良いのかぎこちなくなるのではないかと懸念していた部分もあったのだが、駅まで迎えに来てくれたウィンリィの顔を見たら、そんなものは吹き飛んでしまったのが正直なところである。当たり前のようにただいまと言葉を交わして、二人並んで家路につく。これまでそうしてきたというわけでもないのに、なぜだかしっくりときたのだ。
「あれ? ばっちゃんは?」
「今買い物に行ってるところ。もうすぐ帰ってくるとは思うけど」
 たわいもない会話をしながら家に着くと、中は暗く、デンの鳴き声だけがやけに明るく響いていた。ばっちゃんが出掛けているのであれば、今しかない。
「なぁ、ウィンリィ。ちょっといいか?」
 そっち座って、とダイニングテーブルを指差すと、ウィンリィは頭に疑問符を浮かべながらもおとなしく従う。俺はトランクの中から小さな箱を取り出すと、ウィンリィの隣の椅子へと腰掛けた。大きく深呼吸をしてから、ウィンリィの瞳をまっすぐに見つめる。
「……ん」
 手が震えないようにと気合いを入れて、机の上に箱を置いた。その大きさに、なんとなく察したのだろう。けれどどこか信じられないといった様子で、箱と俺の顔を交互に見つめる。
「これ……」
「言っとくけど、土産じゃねーからな」
「それは、まあ、なんとなく」
「……」
「……」
「えっと……開けてください」
「え、あっ、そうだよね!」
 緊張したように、少しだけ照れたように、戸惑いながらもそれを手にする。どうやら緊張で手が震えるのは、彼女の方だったようだ。
 ぱか、と気持ちの良い音がして、それからウィンリィの頬が赤く染まる。
「ファーストリングってさ、ダイヤか誕生石が組み込まれることが多いんだと。で、まあ、おまえにはこっちの方が似合うかなって」
 店員の受け売りではあるが、ファーストリングは魔除けの意味を込めて、宝石を組み込むことが多いらしい。そこで多く選ばれるのが、ダイヤモンドと誕生石。内側にこっそりと入れることもあるようだが、外側に見えるデザインのものを選んだ。彼女の口から「綺麗……」という言葉が零れ落ちて、ほっと息を吐く。
「行く前に予約はしたけど、さ。やっぱりちゃんと形にしておきたいっつーか……」
 箱からリングを取り出すと、そっと彼女の左手を手に取る。少しだけ緊張したが、その薬指に、きちんとリングは収まった。細く伸びた指にシンプルなデザインのそれはよく映えて、再び安堵の吐息を零してウィンリィを見遣る。
「……ははっ。ようやく、自分のために泣いたな」
 黙ったままの彼女に少しだけ不安になったが、薬指に嵌められた指輪をまっすぐに見つめたまま、大きな瞳からぽろぽろと涙を零していた。あんたたちの代わりにあたしが泣くの、とよく言っていたウィンリィ。その気持ちは少しだけ嬉しくて、少しだけ情けなかった。泣き顔はあまり見たくなかったから。
 けれど、その涙が彼女自身のためならば。
「あんまり泣くとブサイクになるぞ」
「うっさい、バカ」
 ウィンリィは重ねたままの左手をそのままに、右手でぐいっと涙を拭うと、「エド」とあらためて向き直る。
「前にね、あたしの手のことを人を生かす手だって言ってくれたでしょ? でもね、それを生かしてくれたのはエドなんだよ」
「ウィンリィ……」
 蘇るのは、様々な記憶。子どもみたいに泣く彼女の姿と震える手。柔らかな手のひらに不釣り合いな、重い銃器。
「あたしは、これからもあんたと一緒に生きていたい」
「……ばーか。もう約束してんだよ」
 その細い左手を、指輪ごと包み込む。涙もろくて、男前で、それでもちゃんと、女の子。ずっとずっと想い続けてきた、ただ一人の。
 タイミングを見計らったかのようにデンが再び明るく吠えて、ばっちゃんの帰りを知らせた。




14.05.03.
エドウィン祭『きみ、時々わたし』に投稿させていただきました
兄さんが約束を果たしたので泣けるようになったウィンリィですが、あんまりたくさん泣かせるのは好きじゃなくて(私が)
兄さんだって嬉し涙だとしても一瞬狼狽えるんだろうなっていうのが自分の中にあって
「やっと自分のために泣いたな」ってセリフが浮かんだとき、ようやく指輪エピソードが消化できる気がしたので書いたものでした
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