傷跡 | ナノ


傷跡




 それにしてもあちーなー、と翔は何度目かもわからない愚痴を繰り返した。クーラーは付けたものの、二人とも外から帰ってきたばかりで、まだ部屋の中には熱気がこもっており、タンクトップ一枚というラフな姿になっても、まだじっとりと汗ばんでいる。春歌も首筋に張り付く髪が鬱陶しく、シュシュでまとめたものの、暑いことに変わりはなかった。翔のような薄着をするわけにもいかず、手で扇ぐ他にない。氷をたっぷりいれたグラスに冷やしておいた麦茶を注ぎ、一息つくことにした。
「なかなか涼しくなりませんねぇ」
「そうだなぁ。あー、海行きてー!」
「ふふ、いいですね」
 現実には、一般の海水浴場にアイドルである翔が行くことは叶わない。けれども想像するだけで少しは涼しくなるような気がして、海でやりたいことの想像を膨らませた。
「……あ、そうだ! 翔くん、水浴びしませんか?」
「水浴び?」
「うん。海もプールも無理だけど、うちのお風呂場で水遊びだけならできるよ」
 名案だ、とばかりに春歌はキャッキャと喜んでいる。翔は少しだけ想像して、けれど楽しそうな春歌を止めるわけにもいかず、頷いた。水着は着てるわけだし、大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「じゃあ、ちょっと着替えてきますね」
「おう。俺も持ってくるから、先に着替えて入ってて」
「うん!」
 パタパタと二階に上がっていく音を聞いて、翔は小さくため息を吐いた。汗ばんだ肌や、露にされたうなじを見ないようにと意識していたのに、当の本人がこれだから。それでいて、翔の半裸からは目を逸らしたりするものだから、よくわからない。意識しているのか、していないのか。
 それでも、この気温の中での水浴びという言葉はとても魅力的で、断ることはできなかった。春歌の水着姿だって、もちろん見たくないわけではないのだから。
 自分の部屋で少しだけ時間を潰してから、春歌の部屋へと戻った。風呂場からはシャワーの音がしており、すでに春歌は着替えを終えて水遊びの準備を整えているようだ。
 結論から言えば、あれだけいろいろと考えてしまった翔も、いざ入ってしまえば、純粋に冷たい水で遊ぶことを楽しんでいた。最初はシャワーの水を掛け合ったり、足首が隠れるくらいだけ水を張ったバスタブに入ってみたりと控えめだったが、最終的には胸の辺りにまで水を溜め、プール感覚で浸かる。ひとしきり遊んだ後、ようやく二人の興奮も落ち着いてきて、バスタブの縁に体を預けた。
 事務所の寮が広いとはいえ、一人部屋であることには変わりない。もちろん、風呂場だって一人用の大きさだ。改めて考えれば当然二人で入るには狭くて、密着しなくてはならないほど狭くもないが、二人してくつろげるほどの広さもなかった。
「……それ、新しい?」
「え? あ、うん……変かな?」
「いや……」
 すっげー似合う。
 落ち着いてから改めて見た春歌の水着は初めて見たもので、ピンクと白のボーダーに、フリルがあしらわれていた。中心には大きなリボンがあり、かわいさを引き立たせている。そうかと思えば後ろは細い紐で結ぶタイプのもののようで、そのアンバランスさがやけに色っぽいと感じた。
「翔くんは……」
 春歌は恥ずかしくてあまりまじまじと翔の姿を見られないのか、一瞬顔を上げたあとに、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。大胆なくせに変なところで照れるのは相変わらずで、翔は思わず笑った。
「だ、だって、こうやって見ると、いつもよりもすごく男の子だなって意識しちゃって……」
 恥ずかしそうに体を縮めて、上目遣いで見上げる。その姿の方がよっぽど……と思っていると、春歌は「あ……」と小さく声を上げた。
「ん?」
「……これ」
 おずおずと差し伸ばされた指先が、翔の胸に躊躇いがちに触れる。すう、となぞられたのは、手術の跡だった。
「あー……」
 成功する確率は半々だと言われた心臓の手術は、半年程前に無事に成功した。生きて帰って来られたことに二人で泣いたのも、そう昔のことではない。手術の際にできた胸の中心部にある傷跡も、もちろんまだ残っている。見せたことはなかったけれど。
「……やっぱり、こういうの見たくないよな」
 一生残るものではないと医者は言っていた。しかし、すぐに薄れるものでもないことも、なんとなくわかっている。痛みもなく、自分では気にならなくても、人からすれば気持ちの良いものではない。
 ちゃぷん、と水が揺れた。春歌の手のひらが、その傷を覆うように重ねられる。
「ううん。……これは、翔くんががんばった証だから」
 嫌じゃないよ、と、そこをじっと見つめたまま呟く口元は、微笑んでいた。
「もちろん、消えた方がいいんだろうけど……でも、だんだん薄くなっていくのを見ていけるのもね、嬉しいって言ったら変だけど……うまく言えないけど……」
 整理しきれない気持ちをうまく言葉として並べられず、それでも懸命に伝えようとしてくれる。その瞳があまりにもまっすぐで、愛おしくて。差し伸べられた手を、さらに引き寄せた。ぱしゃん、と跳ねた水音。ぴたりと寄せられた身体。
「……心臓の音がする……」
「当たり前だろ……ありがとな」
 掠れそうになる声を落ち着けて、なんとか紡いだ感謝の言葉。




14.03.13.
傷跡の話はずっと書きたいと思ってまして
時間軸としてはSSの後くらい
まあ、SSで半裸翔ちゃんいっぱい出てましたけど、意識して見るのとそうじゃないのは違うってことでどうかひとつ




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