celestis おかえり、と笑顔を見せた彼女に対して、触れたいという欲が素直に生まれた。夫婦となったにも関わらず、触れるのが久しぶりということがそもそも普通とは違う。けれど、それを選択したのはエドワード自身だ。 食事の用意をするべくキッチンへと向かおうとしたウィンリィを、後ろから抱きしめる。ぎゅっ、と力を篭めれば、彼女は一瞬だけ身体を強ばらせた。 「エド……?」 声が優しくなったような気がするのは気のせいだろうか。すぐ近くで声が響く。ぐりぐりと顔を埋めるかのように首元へ寄せれば、ウィンリィはくすぐったそうに笑った。緊張も解け、素直にその体重を受け止める。 「もう……」 呆れたような台詞。しかし本当に呆れているわけではない。「おかえり、エド」と頭を撫でながら再び呟く声には、幸せが滲んでいた。 しばらくそうしていると、じんわりと心が満たされていく。ウィンリィの細くて柔らかい身体は、エドワードの腕の中にすっぽりと収まってしまった。数年前まで馬鹿にされていた身長はとうに追い抜き、いつの間にか体格にもはっきりと差が出ている。それを感じては、彼女がオンナであることを意識させられて、いまだにドキドキと胸が高鳴るのだった。 たとえば、ずっと家にいるという選択肢があるとして。いや、それはもうたとえではなくて。 選ぼうと思えば選べる道だった。けれどそれを選ばなかったのは、エドワード自身の都合だけではない。ウィンリィだって、彼の背中を押した。旅に出ようとする彼を、止めるどころか後押ししたのだ。 『そういうあんたを好きになっちゃったんだもん』 あたしも物好きよね、と冗談混じりの台詞は、思い出すだけでもエドワードの心をくすぐる。 再会して数分。エドワードの中にはたくさんの感情がぐるぐると渦巻いていた。ただ、最終的に辿り着くのは、いつも同じだった。――彼女を愛しく思う、ただそれだけ。 「ん」 「? なにこれ」 「……土産……じゃ、ねーけど」 「はあ……」 食事の後、ぶっきらぼうにテーブルの上に置いたのは、小さな紙袋。少々質素なラッピングではあるが、一応プレゼントだ。 「……一年、経ったから」 どうにもこういったイベントは苦手で、視線が合わせられない。言葉も辿々しく、ガキだヘタレだと言われてもしかたがないと自負している。 「一年……って、結婚してからってこと? あんた、記念日いつだと思って……」 「先月だろ! わかってるけど!」 しかたねーだろ、帰って来れなかったんだから!と八つ当たり気味に不貞腐れれば、ごめん冗談、とウィンリィは笑った。酷い冗談もあったもんだ。 「ごめんってば。……嬉しいよ。ありがとう」 「……おう」 「ねえ、中身見てもいい?」 「どーぞ」 ちらり、と少しだけウィンリィの方を見遣れば、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて袋を手にしていた。それはそれでなんだか恥ずかしくて、再び視線を外す。あんまり期待されても困るのだ。何せウィンリィは、エドワードのセンスに散々文句をつけていたうちの一人なのだから。 「あ、かわいい」 だから、零れたのが素直な一言で、酷く安心した。 ウィンリィの手には、ブレスレットが一つ。華奢なデザインは女物のそれで、彼がどうやってそれを手に入れたのかが気になった。彼は一体、どこでこれを見つけたのか。どんなふうに、選んでくれたのか。 聞くと、今回旅した先の一つに、セレスタイトという鉱石の原産地があったという。ブレスレットの中心にある、空色の青がそれだ。土産物としていろいろなアクセサリーが売られているようで、ネックレスや指輪はもちろん、パワーストーンとしても置いてあったようである。当然、ピアスもあったのだが、彼女の耳にこれ以上穴が開くことを避けたいエドワードが、それを手にするはずがなかった。 ふと、同封されていた紙に気付く。あのエドワードがメッセージカードなんて洒落たことをしたのかと一瞬想像したが、やはりそのようなものではなかった。おそらく、現地の店員が入れたのであろう。そこには、セレスタイトの石言葉が書かれていた。 「……」 彼は、これを見て買ったのだろうか。それとも、単純に色に惹かれたのか。 聞いてみたいような気もしたが、知らないままにしておくのもいいかもしれない、とウィンリィは笑みを浮かべる。想像に任せることも、時には楽しい。 (……うん。でも、そうだといいな) まだ、たった一年。幼い頃から一緒にいた二人にとって、一年というのは本当に短いもので。夫婦として過ごした期間を比率として見てみると、一割にも満たない。いつか、それが等しくなり、越えていく日まで、彼を支えていけるように。一緒に未来を歩んでいけるように。願いを込めて、右腕にブレスレットを通した。 左手には指輪が。右手にはブレスレットが。思わず並べて見入ってしまうくらい、心地よかった。 「ありがとう。大事にするね」 「おう」 「あ、でも……」 ようやく目を合わせてくれたエドワードに、ウィンリィは微笑みかけた。 「来年は、二人で買いに行こう?」 今年は、あたしが動けなかったのもあるし、サプライズで嬉しかったけど。 大きくなった腹部に優しく手を添えながら、母親の顔をして。けれど、はっきりと。 「二人の記念日だもん。あたしもエドに何かあげたい」 その言葉に、エドワードは目を丸くした。いつだって敵わないのだ、この女には。 唐突に立ち上がり、テーブルから身を乗り出して、キスを一つ。目を閉じる暇なんてなかった。ほんの一瞬の出来事。衝動的な行動であったにも関わらず、触れ方は優しくて、ウィンリィはときめいている自分に気付いてしまう。 「な、に……」 「……なんか、思わず」 互いに頬が真っ赤で、恥ずかしいことこの上ない。けれど、どちらともなく再び唇を重ねた。 13.06.15. 今年は503が祝えなかったので今さらながら甘めのエドウィンを 書いてるこっちが恥ずかしくて何度パソコン投げようかと思いましたが、甘える兄さんと「もう」って言いながらよしよしする満更でもないウィンリィという図が好きです あとお互い相手には敵わないなって思ってるところ →back |