楔 | ナノ






 万事屋のソファで、新八がニヤニヤと1枚の写真を眺めている。銀時は、それを自分の定位置から見ていた。見ていたというよりは、ジャンプを読んでいるときに視界に入ってきた、という方が正しいのかもしれない。銀時がそれを読んでいる間中、ニヤニヤニヤニヤと同じ写真を見続けているのだ。うっとりとした溜め息をついたり、じっと食い入るように見つめたり。その様子は、はっきり言ってしまえば気持ち悪いの一言に尽きる。気にするなという方が無理な話だ。
 銀時は読み終えたジャンプを傍らに置くと、飲み物を取りに行くついでに新八の手元を覗いた。どうせ例のアイドルだろう。そんな予想をしていたものだから、ちらりと横目で見やるだけのつもりだったのに。
「……え」
 ギョッとした。写っていたのは、黒い髪を綺麗に結い上げ、はにかんだ笑顔を見せる女の、ウェディングドレス姿だった。
「あ、銀さん」
「あ、じゃねーよ。おまえいつまで自分のねーちゃん見てデレデレしてんの」
「いやあ、あまりにも綺麗でつい」
「……なに、とうとうゴリラと身を固め」
「ンなわけあるかァァァァァ!」
 一瞬過った想像は、あっさりと否定される。それもそうだ、本当に誰かと結婚するとなったら、どんなに綺麗でもこんなにデレデレ見蕩れているわけがない。ニヤニヤしたり深い溜め息をついたり、もっところころ表情を変えて忙しいはずだ。
「なになに? うわぁ、姐御すごく綺麗アル!」
 新八の叫び声に興味を持ち、神楽もひょっこりと顔を出す。手元の写真を覗き込めば、素直に感嘆の声をあげた。
「今度、姉上の友人が結婚するみたいで」
 彼の話によると、妙と友人の二人でドレスを選びに行ったらしい。旦那には当日見せるために、と。そのときに、友人がおもしろがって妙にも試着させたのだそうだ。写真も、その流れで撮られたと。
「……で? 銀ちゃんは何でそんなに慌てたアルか?」
「ちげーよ。とうとうゴリラで諦めたのかと思って引いたんだよ」
 ニヤニヤと視線を寄越す神楽を適当にあしらい、本来の目的である冷蔵庫へと再び歩を進めた。神楽のやつ、最初からおもしろがって見てやがったな。
 六月の湿気は酷い。ただでさえ天パの髪がさらにボリュームをもち、肌は湿気でベトベトする。冷えたイチゴ牛乳で喉を潤しながら、今は少しだけその甘さが煩わしかった。
 見てはいけないものを見てしまったような、見たくないものを見てしまったような。もやもやとした気持ちが、奥の方でわだかまっている。想像もしていなかったものを見せつけられて、銀時の脳裏にはそれが焼き付いてしまっていた。ほんの少しの間しか見ていないのに想像力というのはやっかいなもので、ぼんやりとしか記憶にないものが、おそらく多少美化されながら姿を残す。そんな自分に呆れた。



「……ってことがあってよォ」
「ああ、そういえば新ちゃんにあげましたね、その写真」
 雨が降っていない日を狙って、銀時は志村家に足を運んだ。それでも梅雨らしく空気はジメジメとしており、髪の毛は広がるばかり。銀時の不快指数もかなり高いものだった。
 だからこそ、彼は彼女のいる場所へと向かう。用意されるのは、ひんやりとした茶菓子。コンビニで買った手土産のアイスは、さらに冷やして後から食べるのがいつものパターンだ。
 いつの間にかそれが日常となっていることに、きっとお互いが気付いている。決して定期的なことではない。日常と言うほどの頻度ではないのかもしれない。けれど、たとえば「お茶菓子切らしてるんです」なんて言葉は聞かなくなったし、「どうして来たんですか?」なんてことを言われることもなくなった。理由が必要なくなったのは、たいした進歩だ。
「つーか、おまえ結婚願望とかあるわけ?」
 ふいに出た言葉は、特に深い意味はない。はずだった。
「それは……」
 しかし、言い淀む妙のせいで、なぜだかものすごく大胆な発言のようにも思えてしまう。
(いや、会話の流れだし! ただの世間話だし!)
 内心焦りながら、自分自身に言い訳をする。グラスに入った麦茶は、氷のせいで必要以上に勢いよく喉へと流れ込んだ。
「……銀さんこそ、そういうの興味なさそうですよね」
 あ、逃げた。
 外の方へと視線を逸らしながら、妙は答えをはぐらかす。それが、ますます二人の空気をおかしくさせるというのに。「別に深い意味はないんですケド」などと言えば、「あらやだ銀さんったら何を勘違いしてるんです?」とさらにかわされることは間違いない。元はと言えば自分が失言したにも関わらず、銀時は恨めしそうに妙を見た。
 しばらくの沈黙を先に破ったのは、銀時だ。
「……結婚、つーか」
 ぼんやりと、口を開く。独り言を零すかのように。
「家族ができるってのは、いいよなァ」
「……」
 それはすんなりと言葉として出てきた。滅多に口にすることはない、願望。羨望。それこそ深い意味はなかったのだが、妙は何かを考えるように、じっと銀時を見つめる。ぼやいたそれをほんの少しだけ後悔しながら、彼女の視線を受け止めた。
 あまり、真剣に考えてほしくはなかった。さらっと受け流してくれるくらいでちょうどよかったのに。
「で? おまえは?」
 今度は自分が逃げる番だとでも言うかのように、銀時は妙の答えを促す。それでも妙はぼんやりと、銀時のさらに奥を見ているかのような視線を向けて、しばらく考え込んだ。
「……そうですねェ」
 カラン、と氷が音を立てる。その音の気持ち良さに耳を傾けながら、誰に聞かせるふうでもなく、妙も口を開いた。
「もし、私が銀さんと結婚したとして」
「ちょっと待て。どうしてそうなる」
「……それが、銀さんの生を繋ぎ止める枷になるのだとしたら……それは、素敵なことかもしれませんね」
 淡々と紡がれた言葉の中に、強い意思があった。微笑みの一つでもあれば、また違った印象になっただろう。けれど、言葉に秘められた穏やかでないものを感じ取り、銀時は何も返すことができなかったのだ。
 例えとして銀時の名を出したことに、彼女なりの理由があったのかどうか。それは、本人にしかわからない。あるいは、本人でさえ無意識だったのかもしれない。けれど、それが引き金となり、想像してしまう。妙と家族になって、新八がいて、神楽がいて、定春がいて。ふっと浮かんだのは、今とたいして変わらないもので、なぜだか笑みが零れた。
「……銀さん?」
「ああ。……うん」
 悪くねえなァ。
 それを言えば、彼女はどんな顔をするだろう。言った自分はどんな顔をしているのだろう。それを知るのはまだ少し早い気がして、「おまえってすげーな」などと適当なことを口にした。




13.06.15.
六月ということで結婚関係の話を書きたくなりまして
でも結婚しなかった…それどころか付き合ってもないわ…




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