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 テーブルの上に二人分の食事を用意しながら、春歌はふと思い出した。
「翔くん。この前言ってたドラマ、録画してありますよ」
「ドラマ? ああ、音也が出てるやつか!」
 食べ終わったら一緒に見ようぜ、という翔の提案に、もちろん彼女は頷いた。学園時代の、仲の良かった同期生の活躍を見られることは、素直に嬉しい。



『ねぇ。どうしてもあいつじゃなきゃダメ……?』
『……』
 音也は困ったように、けれども決して相手を逃さない強い意志のある瞳で彼女を見つめる。ずるい、と思いながらも、彼女は何も言わない。その頬に手を伸ばすと、触れた一瞬だけピクリと緊張が走った。しかし、視線をずらしたまま、動かずにいる。
『……逃げないんだ?』
『だって……』
『嫌じゃないけど俺じゃダメ、なんて。酷いこと言うんだね』
 くっ、と彼女の顎に手をかける。俯いて無理やりに外していた視線を戻され、息を呑んだ。
『……これでも逃げないの?』
 シちゃうよ……?
 唇が触れ合いそうな距離で、掠れ気味に囁かれる。塞がれてもいないのに、息が苦しい。
『あいつじゃなきゃダメ、なんて……言ってないもん……』
『……そっか』
 なんとかそれだけ絞り出すと、荒々しく唇を求められた。唇だけではない。ぐっと身体を引き寄せ、出来る限り距離をゼロにする。熱に、浮かされた。何度も角度を変えて求め合う。まるで、本能でそう動いてるかのように。
 ようやく唇を離すと、彼女はとろんとした瞳で音也を見つめた。その瞳も、塗れた唇も、上気した頬も。全部が全部、彼の理性を崩していく。もっと、もっと彼女を感じたい。小さな身体を抱きしめると、そっと耳元で囁いた――



「……」
「……」
「す、すげーな音也……。なんつーか、レンとかトキヤならまだわかる気がするんだけど……」
「一十木くん、わたしたちと同い年……ですよね……?」
「お、おお……」
 エンディングが流れ始めると、二人の間にはぎこちない空気が流れた。ドラマの内容のせいだけではない。「ヒロインが好きな男にフラれて落ち込んでるところを奪いにいく役だよ。俺がんがんアピールしてく役でさー」などとは聞いていたものの、そう発する音也の声からは想像できないくらい、画面越しに見る音也は、いつもと雰囲気が違っていた。熱の篭った瞳や表情は、なんというか、色っぽかったのだ。今まで見たこともないくらい。
 ドラマとはいえ、同じアイドル志望だったとはいえ、同期生のそんな姿を見ることが、こんなにも恥ずかしい気持ちになるとは思っていなかった。あれは演技だ、と言い聞かせても、なぜだかドキドキしてしまう。
 しかし、理由はそれだけではない。隣で見ているのが恋人だからだ。
(……)
 恋愛ドラマに自分たちを重ねてしまうことがないとは言えない。出会いやシチュエーションではなく、単純に、恋人とそういうことをしている自分を考えてしまうことがある。その罪悪感と緊張で、胸の奥が疼いた。
 ちらりと横目で窺うと、彼女も同じようにこちらを見ていた。
「!」
 目が合ってしまい、お互いにパッと逸らす。再び、居たたまれない空気になった。
 恋人という関係になってから一年以上経っているはずなのに、このぎこちなさは相変わらずだ。いまだに慣れない。恋愛初心者同士だからなのか、友達の延長なのがそうさせるのか。理由は、きっと一つではないのだろう。
 じれったさに思わずトン、とわざと肩をぶつければ、彼女は一瞬だけピクリと震える。けれど強ばった身体は徐々に力を抜き、ゆっくりと翔にも体重を預けた。隣に置いてある小さな手に自分のそれを絡めれば、ゆっくりと彼女は振り向いてくれる。見上げる瞳は、心無しか潤んで見えた。
(あ、かわいい……)
 ヤバいかも、なんて思いながら、翔は少しだけ彼女の顎を持ち上げた。
「……っ!」
 触れるだけのキス。それはいつもと同じ、優しいキスのはずだ。それなのに、目を開けたときに視界に入ってきた彼女は、大きい目をさらに真ん丸にさせて、真っ赤になって言葉も紡げずにいる。
「え、あ……。その、ちょっと真似してみただけなんだけど……」
 さっきのやつ、と、翔も恥ずかしさからか口篭もる。
「……嫌、だったか……?」
「い、嫌なんかじゃないですっ!」
 誤解だけはされたくないとばかりに、勢いよく春歌が答えた。その勢いに、翔の方がたじろぐ。春歌は、繋いだ掌のあたたかさを感じながら、少しだけ指先に力を篭めた。
「嫌だったわけじゃなくて……いつもなら頬に手を添えてくれるのに、今日は違ったから。……その、本物の王子様みたい、で、ドキドキしちゃって……」
 頬を真っ赤に染めて、視線を彷徨わせながら。しどろもどろになりながらも必死に言葉を紡ぐ様子に、翔の鼓動も早くなる。
 初心者なりに、自分たちのペースで、ゆっくりと歩んできた。きっと、それがよかったのだ。互いの気持ちを間違えることなく、きちんと伝えられる。相手のために、一生懸命になれる。
「……春歌」
「はい……翔、くん……」
 心臓が痛い。けれど、もっとずっと感じていたい。ぎこちない空気が甘いものとなる瞬間だった。
 翔は空いている方の手で彼女の髪を耳にかけると、そこに唇を寄せた。
「……あいしてる」
 囁いた言葉は、ドラマと同じ台詞。それは、思ったよりも反応が良かった彼女への、ちょっとした悪戯心。だけどいつだって、言葉は本物なのだ。
(でも、俺は、春歌じゃなきゃダメだな)
 抱きしめる腕に力が篭った。




13.06.09.(来栖翔誕生日)
顎クイッってしてからのキスは一度書いてみたかったのです
身長差ないからたぶんちょっとだけなんだろうけど、いつもと違うことされたらそれだけでドキドキしちゃうようなピュアッピュアな翔春ちゃんがイチャイチャしてるだけの翔春ちゃんかわいいよねって話です
誕生日全然関係ないけどごめんね!大好き!




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