だから他には何も要らない | ナノ


だから他には何も要らない




「すっかり年の瀬ですねぇ」
「そりゃ大晦日だからなァ」
「銀さんはお酒でも飲みながら家でダラダラとテレビ見てるのかと思ってました」
「ばーか、何が悲しくて家で独り年越ししなきゃなんねーんだ」
 あら、意外。と、口から出かかった言葉を呑み込む。新八は自分の家で家事をこなし、神楽は日付が変わる頃には眠ってしまっている。それを寂しいと思うくらいには、この人も誰かといる心地よさに慣れてしまったということだ。口元に笑みを浮かべながら、妙にはそれがとってつけた理由だとわかって、こっそりと笑みを深くする。寒さに愚痴を零すくらいなら、寂しいだけなら、お登勢さんのところにでも行けばよかったじゃない。なんて、野暮なことは言わないけれど。――つまり、この素直じゃない男は、会いにきてくれただけなのだ。
 ハァ、と息を吐くと、それは白くなって姿を現す。珍しく大晦日に早上がりだった妙の仕事。まだ日付は変わらない。このままだと結局一人で年を越すことになることに、彼は気付いているのだろうか。
 チラリと隣を見上げると、歩みはそのままに、彼も視線だけ寄越す。
「……何?」
「……いえ、なんでもないです」
「ふーん……」
 彼が何を考えているのかは、正直よくわからない。すまいるで飲むのはよくあることで、帰りに送ってくれるのはたまにあること。それだけだ。少なくとも、今はまだ。
 空気が変わったような気がするのは、もしかしたら妙の思い過ごしなのかもしれない。確証となるような言動も行動も見られない。空気が変わったような気がする、なんて、曖昧すぎる感覚でしかないのだ。だから、何もしない。何も言わない。ぬるま湯のような居心地のいい関係を妙から壊しに行くのは、今するべきことじゃない。それがわかっているからこそ、もどかしくて、じれったかった。
「そういえば、クリスマス過ぎたんですけど」
「なに、プレゼント欲しいわけ?」
「神楽ちゃんと新ちゃんにお給料という名のプレゼントでも許してあげますよ」
「なんだそれ」
「だってお給料は本来プレゼントじゃないもの。でも何もあげないよりはマシかなって」
「……プレゼントはやったよ」
 給料じゃねェけど……と口を尖らせた彼に、再び「あら、意外」を呑み込んだ。銀時が、彼らにとって雇い主というより父のような、あるいは兄のような存在だと常々感じていた妙だったが、正直ここまでするとは思っていなかったのだ。本物の家族みたいね、と心の中で想う。
「……ついでに、ホラ」
「え……」
 ぶっきらぼうにポケットから出された小箱を、呆けてる間に掌に乗せられた。
「……私、銀さんに何も用意してないですけど」
「だと思ったわ。んじゃ、今度パフェ食べ放題の店でも探して奢って」
「ここで開けてもいいですか?」
「ダーメ。サンタさんからのプレゼントはサンタさんのいないところで開けるものですぅ」
「そんなルール初めて聞きましたけど」
 いつまでも続きそうな、軽い会話の応酬。平静を装ってはいるものの、熱でもあるんですか?と言いたいのが本心だった。鼻先が赤いのも、髪の隙間からチラリと見える耳が赤いのも、きっと寒さのせいだろうけれど。
 小箱を見つめて、妙は少しだけ想いを馳せる。――もしかしたら、歯車は回ってきているのかもしれない。少しずつ、少しずつ、ゆっくりと。
「……ありがとう、ございます」
「……どーいたしまして」
 それからは、しばらく沈黙が続いた。なんだかぎくしゃくしているような気がしていたけれど、だんだんその想いもなくなり、音を立てずにちらつく雪も、足下の雪を踏みしめる音にも気付ける余裕ができた。二人分の足音に、リズムなんて規則正しいものはない。それがピタリと止むときだけ。つまり、目的地に着いたときだけ。
 家の前に着いても、まだ日付は変わりそうになかった。まあ、年越しが本来の目的ではなかっただろうから、あっさりとお互いに別れを切り出す。銀時は、再び歩み始めた。一人分の足音を刻んで。
「ああ、そうだ。銀さん」
「?」
 立ちどまり、振り返る銀時。三歩前にいるその人に、妙は穏やかに微笑んだ。
「良いお年を」
「……なにそのとってつけたような挨拶……」
 半ば呆れながらも、良いお年を、と背を向けてひらひら手を振る。それだけで妙は満足だった。特別な約束なんてしなくても、来年もきっとまた当たり前のように会いに行く。だから、それだけで充分なのだ。




12.12.31.
大晦日の話にクリスマス要素を詰め込む気はなかったんですけどね…あれ?
両片想いっていいですよね
この二人の両片想い期間ってどのくらいなんだろうと考えるとものすごく長そうです




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -