薬指の幸 秋の空は高い。理論はわからないが感覚的にそれを理解し、澄んだ空を眺めた。大きく息を吸い込めば、微かに金木犀の香りが混じる。紅葉したモミジの葉にも、秋を感じた。 妙は、自然と口元に笑みを浮かべながら、並んだ洗濯物を取り込んでいった。風は少々冷たいが、きちんと乾いたようだった。 (もう、こんな季節なのね……) 少し前までは、洗濯物を畳むときも、まだ陽の温もりが残っていた。それが今は、どちらかといえばひんやりとしている。日中はまだ暖かいとはいえ、冬が来るのもあっという間なのだろう。 いやね、秋は短くて。 そう思いながらも妙の口はやはり弧を描いており、銀時の一張羅を畳む手つきは優しかった。 銀時が帰宅したとき、明かりがついていないことに違和感を覚えた。おかしい。妙は、今日は家にいたはずだ。気持ち足早になりながら襖を開けると、畳まれた洗濯物の傍らで横になっている妙がいた。ほっと一息つくと、小さな明かりを点ける。なにやら気持ち良さそうに眠っているので、起こさないようにそっと隣に腰を下ろした。 どれくらい眠っているのだろう。頬は少しだけ冷たい。髪を一房手にすれば、それはさらりと零れ落ちる。いいよなァ、と常に思っている黒髪で、何度も何度も遊んだ。いつからだろう、こんなふうに穏やかに過ごす時間が嫌いじゃなくなったのは。家族という関係に幸せを見つけたのは。 「……おい、お妙。起きろ」 「ん……」 妙は少しだけ身じろぎしたものの、また気持ち良さそうに寝息を立て始めた。よっぽど幸せな夢でも見ているのだろうか。その表情をずっと見ていたいような気もしたけれど、こんなところでうたた寝していては風邪を引きかねない。少しだけ強く揺り起こせば、ようやく瞼を持ち上げた。 「あ……おかえりなさい」 「おう。たでーま」 「……ふふ」 「なんだよ、気持ちわりーな」 「とっても幸せな夢を見たの」 横になったまま、銀時の悪口も耳に入らない、とばかりに言葉を続ける妙。単純な奴……と、苦笑混じりのため息が出た。 ポンポン、と膝を叩けば、戸惑ったように妙の瞳は揺れる。まっすぐに見つめる銀時の瞳は優しく、つい誘われるがままに頭を乗せた。胡座をかいているそこは少しだけ高く、筋肉がついて硬い脚は、お世辞にも心地良いとは言えない。けれど髪を撫でる大きな手が暖かくて、妙はうっとりと目を閉じた。 いつもだったら、こんなことはしない。今日は、機嫌がいいから、特別。 そんな言い訳を心の中でしながら、ぼーっと彼に身を委ねた。 「どんな夢だった?」 「あら、気になります?」 「そりゃー……あんだけ幸せそうに寝てたらな」 珍しく甘えてくるし、とはさすがに口に出せなかったけれど、気になるのは本当だ。妙の言う「幸せな夢」が、どんなものなのか。唇を尖らせながら答えを待つ銀時に柔らかい笑みを浮かべながら、妙はゆっくりと口を開いた。 「銀さんのお誕生日会をする夢、ですよ」 「……はァ?」 勿体ぶっていた割に、なんてことはない。誕生日会?俺の? 銀時の反応に、やっぱり……といったようにため息を吐く。普段あれだけ自分勝手なことをしているくせに、どこか自分の存在の大きさには無頓着なこの男は、案の定自分の誕生日なんて興味がないようだ。プレゼントと大好物の糖分がたくさんもらえる、くらいにしか思ってないのではないだろうか。この馬鹿は。 「……四人だけで、だったの」 夢の中で行われた銀時の誕生日会は、主役である彼と、新八と神楽と妙の四人きりで行われた、ささやかなものだった。先日、現実で行われたような、お登勢にワイワイ人が集まるでもなく、万事屋で。四人と一匹の誕生日会は、けれどとてもあたたかかったのだ。 ねェ、銀さん。 ゆっくりと身体を起こしつつ、穏やかなまっすぐ通る声で呼ぶ。一瞬伏せられた睫毛と、今正面から見つめる大きな瞳。流れるような仕草にドキリとしながら、銀時も妙を見つめた。 「私ね、十月が好きなんです」 「おまえも十月生まれだもんな」 「……ええ、そうよ。何歳になっても誕生日はやっぱり特別で、幸せだわ」 でもね、そうじゃなくて。前以上に、もっと好きになったんです。誕生日だけじゃなくて、一ヶ月を通してずっと。 「だって、夫婦二人分のお祝いができるなんて、すごく幸せなことでしょう?」 ――そう言って、極上の笑みを浮かべた。 銀時の誕生日は銀時のものであり、妙の誕生日は妙のものである。それは、生まれたときから変わらない。けれど、相手の誕生日を祝えることが幸せだと、そう素直に思えるようになったのは、関係が変わってからのこと。生まれてきたことに感謝するのは、自分の誕生日だけじゃない。相手の誕生日に対しても、同じこと。運命なんて言葉を容易く使う気はないが、運命なんてものがなければ、この人とは出会わなかったかもしれない。 妙は最近、そんなことを考えるのである。不思議な人。不器用な人。馬鹿な男。この男に出会ったことで、自分の運命は確実に変わったのだ、と。 「はー……やっぱおめー、すげーわ。敵わねェ」 降参、とばかりに大きく息を吐いて、銀時はガシガシと頭を掻いた。彼にとって、そんなふうに微笑む妙は眩しすぎた。思わず目を逸らしてしまうほどに。営業用でない笑顔は、出会った頃から変わらず美しい。 他人のことにここまで感情移入できる妙を、羨ましくも危なっかしくも思う。ここまで自分のことを想ってくれる人がいることは純粋に嬉しかったが、少しだけくすぐったくもあった。 あ、と妙が呟くのと同時に、その顔を自らの肩に押し付ける。 「……俺も、好きかもなァ……」 十月、とわざとらしく付け加えられた言葉に、妙はくすりと微笑んだ。一瞬だけ見せた、彼のはにかんだような笑顔。夢の中でも見たそれは、妙の胸をきゅんとくすぐる。外の肌寒さを忘れさせるかのような大きな掌に、妙はゆっくりと目を閉じた。 12.10.22. 銀妙10月祭《2012》様に投稿させていただきました 安定の甘々です…いや、甘くしてやろうと意気込んで書いたので自分でも恥ずかしいくらい甘々です(自分比) 夫婦もので、何気ない日常のようなワンシーンを書きたかったので満足してます …が、やっぱり恥ずかしくて読み返せません… |