やさしい音色 | ナノ


やさしい音色




 朝ヘアピンをつけることが、いつの間にか習慣になっていた。最初の頃はあまりうまくできなかったけれど、最近では鏡を見ればなんとか時間をかけずに付けられるようになった。止め方のバリエーションは少ないけれど、それでいい。鏡の中に映る自分が、翔くんとお揃いのヘアピンをしているという事実が嬉しいから。
「へへへ……」
 嬉しくて、思わず顔が緩んでしまう。初めてもらったお揃いのもの。翔くんからは、これまでにもたくさんのものをもらってきた。物だったり気持ちだったり、形は様々だけど、そのどれもが大切で……でもこれは、中でも特別。彼女だからと、毎日付けてほしいと。そして、あの大運動会を乗り越えたあとの、いろいろな想いが詰まった物だから。私にとっても、きっと翔くんにとっても、特別なもの。
「……私も、何かできることないかな……」
 いつももらってばっかりだから、私も何かしてあげたい。でも、何をあげたらいいんだろう。それに、物をあげたいというよりは、翔くんがしてくれるみたいにうまく気持ちを伝えたいというか……。私はいつも音楽を通してそれをしてきたけれど、違う形でも表現したい。
 こういうときは神宮寺さんに聞くのがいいのだろうけど、すぐに人を頼ってちゃダメだよね。たまには自分で考えて自分の力でなんとかしないと……ああでもやっぱり思い浮かばない!
「おーい、さっきからどうしたぁ? ニヤニヤしたり難しい顔したり」
「ひゃ! しょ、翔くん……!」
 後ろからひょっこりと顔を出した翔くんと、鏡越しに目が合う。まさか見られていたなんて……口に出してはいないみたいだけど。
「何か悩み事か? 一人で考えこまねーで、言ってみろよ」
「う……」
 その優しさは大変ありがたいと思うのですが、一番言えない相手であることも確かで。ああ、でも。そのまっすぐな瞳も、気遣う優しい声も、二人でいるときにだけ見せる大人びた顔つきも、私を捉えて離さない。
(ううっ、負けました……)
 くるりと振り返って、翔くんの目をまっすぐ見ると、実は……と切り出した。
「神宮寺さんに聞こうかなとも思ったんだけど、やっぱり自分で決めたくて。……でも、結局翔くんに直接聞いてしまったら、意味ないですよね」
「……意味なくなんかねーよ」
 そう言うと、翔くんは優しく抱きしめてくれた。
「おまえがそうやって俺のこと考えてくれたってわかっただけでも、すげー嬉しい」
 耳元で響く優しい囁きにくらくらする。また、翔くんからもらってしまった。
「これだって、俺があげたくて勝手に買っただけだし。難しく考える必要なんかないんだ。春歌は春歌がしたいことをしたらいい」
「私が、したいこと……?」
「ああ。こうしたいって思ったときに、そうしたらいい。……大丈夫だよ、迷惑だなんて思うことないから」
「……」
 そう言って、優しく髪を撫でてくれる。
 翔くんは優しい。いつも私に、あたたかい言葉をかけてくれる。だけどそれは甘やかしているわけではなくて、仕事とプライベートをきっちり分けた上でのまっすぐな愛情。それは誰に対してでも同じだけど、その中に少しだけ特別を混ぜてくれる。そんな翔くんだから、私は。
「翔くん……」
 小さく名前を呟いて、背中にぎゅうっと腕を回す。
「……大好き、です」
 気持ちを、伝えたくなった。物でも音楽でもなく、私自身で感じてほしい。そう思ったのだ。
 とくんとくん、と鼓動が早鐘を打つ。ドキドキするのに心地よくて、いつまでもこうしていたい衝動に駆られる。
「……俺も。おまえのこと、大好きだ」
 その言葉にぎゅーっと胸が締め付けられて、痛いほどに感情が溢れ出す。ずっと一緒にいたい。ぬくもりを分かち合いたい。
「……キス、してもいいですか……?」
「っな……!」
「えっ、あ、えと、その、ごめんなさいっ!」
 ふと溢れ出た気持ちを言葉にしたら、驚いて身体を離されてしまった。咄嗟に謝ると、「違っ、嫌とかじゃなくて!」と翔くんも慌てて手を振る。
「おまえからそういうこと言ってきたの初めてだったからびっくりしただけで……嫌なわけねーよ。……けど、ごめん。今の反応じゃ傷つけるよな」
 ポンポンと、宥めるように優しく背中を叩いてくれる。その手の平があたたかくて、思わず身を任せてしまいそうになるけれど。
「……」
「……」
 ああっ、このあとどうしたらいいのでしょうか!自分で言ったくせになんですが、逆に気まずくなってしまった気がします。
「……えーっと……と、とりあえず部屋戻るか」
「あっ……」
 気付いたら、後ろを向いた彼の裾を掴んでしまっていた。どうしよう、せっかく翔くんが気を遣ってくれたのに。
(でも……これが今の私のしたいことだから……)
 迷惑かもしれないって思うと、少し怖い。けれど、彼の真っ赤な顔は、嫌がっているわけではないと思うから。
 ゆっくりと指先を絡めて、見つめ合う。一歩距離を詰めると、翔くんの顔が目の前にあった。
 ドキドキする。でも、嫌じゃない。
 繋いだ手にきゅっと力を込めれば、同じように返してくれる。ゆっくりと顔を近づければ、翔くんが目を閉じた。
 触れるだけのキスは一瞬で、それでもいつもより緊張したのは、たぶん自分から仕掛けたから。ぱっと身体を離せば、目を開けた翔くんが逃がすまいと手に力を込める。
「……へへ、サンキュー」
 その照れくさそうな笑顔に、また彼から目が離せなくなった。




12.08.19.
キスで20題(01:触れるようなキス)
SSの大恋愛Endに滾った勢いで書きました
お揃いのヘアピンが公式って!と思って書き始めたのにいつの間にかキスの話に
いいよね…キスよりすごい音楽もいいけどやっぱキスもすごいもん…




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