熱情を請う | ナノ


熱情を請う(銀八妙)




 遅い時間に帰宅した銀八に、妙は思わず呟いてしまった。
「最近、忙しそうですね」
 理由はわかりきっている。もうすぐ、高校は期末テストの時期なのだ。つい数ヶ月前まで自分も高校生だったのだから、そんなことわかっていたのに。それなのに、零してしまった。
 一緒に暮らすようになったとはいえ、妙にも銀八にも仕事がある。ただでさえすれ違うことが多かったのに、銀八の帰りが遅い今、一緒にいられる時間はあまりないと言っていい。今になって、高校時代は近くにいられたことを実感する。同居するようになってからそんなことを思うだなんて、当時は考えてもみなかった。
 しかたのないことだとわかってはいるし、そのことで騒ぎたくもない。重い女にはなりたくない。理解のある女でありたい。けれど、少しだけ……あとほんの少しだけでいいから、構ってほしいと――触れてほしいと、思う。
「……ん?」
 妙が、彼の背中に手を伸ばす。シャツを軽く掴んで促して、視線だけで訴える。恥ずかしくても、目を逸らさずにただただ見つめる。彼なら、これだけでも何をしてほしいのかわかるはずだ。
 視線を合わせて数秒後、銀八はニヤリと笑みを浮かべて顔を近づけた。ふわりとタバコの香りが漂う。ほら、通じた……そう思って妙が目を閉じる一瞬前、鼻先が掠めるほどの距離でピタリと止まる。予想外の彼の行動に目を丸くさせていると、そのままの位置で彼は囁いた。
「もっと可愛く、おねだりしてみろよ」
「なっ……!」
「言ってみな。何してほしい?」
 すっと彼の気配が遠ざかり、二人の間には元通りの空間が生まれる。しかし、妙の頬は熱い。言われた言葉が頭の中をぐるぐると回り、意味を理解した分だけ言葉が出なくなる。
(可愛くって……おねだりって……!)
 そんなことできません! という言葉が喉まで出かかったのを、なんとか呑み込んだ。素直におねだりするのは癪だが、できないと言うのもなんだか負けたような気分になる。
 どうしよう。どうしたらいいのだろう。
 銀八は、珍しくじっと妙が行動するのを待っている。どんな表情で待っているのかを見る勇気はなくて、視線はうろうろと胸の辺りを彷徨わせていた。黙っていられると居心地が悪い。何かしなくてはいけないような気がして、ゆっくりと右手を持ち上げた。またシャツに手を伸ばそうとしたところで一瞬迷い、それを少しだけ右にずらす。――彼の指先に、触れた。
「……して、ください」
 あまりの恥ずかしさに掠れてしまった声は、「何を」の部分を消してしまった。けれど、銀八にはそれで十分だった。ふだん、本来の性格にプラスして、歳の差を埋めるかのように大人びようとする彼女の、素直なお願い。滅多に見ることのできないその姿が、可愛くないわけがなかった。
 よくできました、と囁きながら、ベッドへとなだれ込む。触れた指先を絡め直して、唇を重ね合わせた。足りなかったのは、銀八だって同じなのだ。ゆっくりと、味わうように啄めば、久々の感触に愛しさが溢れる。絡めた指先に込められた力も、少し苦しそうな呼吸も、彼を煽る要素にしかならなかった。
 熱い口付けの合間に、骨張った手が妙の身体の上をじわじわと辿った。背中にぞくりと震えが走ったが、形ばかりの抵抗では彼は止まりそうにない。
「抵抗すんなって。シてほしいんだろ……?」
「、ちが……っ」
 意地の悪い笑みを浮かべた銀八が、妙の反応に満足そうに笑みを深めた。遠慮のない手と絡めた舌に、逃げられないことを察した妙は、それでも嫌じゃないと思っていることに苦笑するしかなかった。




12.05.23.(キスの日)
キスで20題(02:噛みつくようなキス)
「志村さんが銀八先生にキスをねだってみたら『もっと可愛く』と言われたので、自分なりに可愛く言ってみたら急に押し倒されてキスされた。しかも何か触られてる。やばい。」という診断結果に我慢できませんでした