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シフト




 兄弟が旅から帰ってほどなくして、あたしとエドは恋人という新しい関係を築くことになった。アルは「ようやくか」なんて呆れたように、けれど笑ってため息を零したけれど、あたしにはこういう関係になることが当然だとは思えていなくて。だってこいつらが見ていたのは元の身体に戻るという目的だけで、あたしのことを大事にしてくれていたのは知っていたけど、そこにある幼なじみ以上の感情に気付けるわけなんかなくて。だから、驚いた。驚いたし、うれしかった。エドもたぶん同じ。アルだけが……周りだけが、やっぱりねという顔をした。
 しかし、生活に大きな変化はない。元々近かった距離のせいもある。少しだけ変わったとすれば、あたしが荷物持ちを頼まなくても買い物に付き合ってくれるようになっただとか、ソファに並んで腰掛けるときに人一人分のスペースもあかなくなったことだとか。些細だけど気になってしまうような、そんなことだけ。気にしてしまうけど、そんなこととしか言いようがない。
 いつかきっと、恋人らしい行動が出る。それがいつかはわからないけど。
 不安なのか期待なのか、あたしはいつもそんなことを考えていた。一人で舞い上がってしまうことのないように、声のトーンには常に気を配るようになった。それは少し窮屈だったけれど、付き合わなければよかったなんて思ったことは一度もない。



 その日の夜、アルとばっちゃんはどちらも出かけていた。図ったのか偶然なのかはわからないけれど、それは嫌でもエドを意識せざるを得なくなる。――エドも、なんとなくぎこちない。たまに挙動不審になるのは知っている。だけどその理由があたしにあると、こんなにはっきりわかったのは初めてだった。
「……寝るか」
「……うん」
 二階へと続く階段を上る。あたしの前を歩くエド。特にかける言葉は見つからなくて、わざわざ言葉を探すのも変な気がして、ただぼーっとついていった。
 自身の部屋の前で立ち止まった彼が、微妙な顔をしてこちらを振り返る。ああ、この顔は知っている。言いたいことを言い出せないときの顔。
「……」
「?」
「……来る……?」
 来る? 行く? どこに?
 一瞬にして脳は働き、疑問の答えを自分で見つける。躊躇いながらも「うん」と答えたら、エドも少しだけほっとしているような気がした。



「相変わらず何もない部屋ねー」
 ここは、エルリック家のエドワードの部屋ではない。必要最低限の物しか置かれていないその部屋は、旅に出ていた頃よりは少し物が増えた印象だが、殺風景であることに変わりはなかった。当然、見るものなんてほとんどない。どうしたらいいんだろう、と思うよりも先に、ベッドが軋む音がした。そちらを見れば、エドはあっさりベッドに入ってしまっている。
「……ん」
 ご丁寧に、一人分のスペースをあけて。開きかけた口は、音を発する前に閉じた。「一緒に寝るの?」なんて野暮な質問は、部屋についてきた時点でしてはいけない質問になったのだ。
「……近い」
 のそのそと入り込んで、代わりに告げたのは素直な感想。すぐ目の前に、エドの顔がある。それは恥ずかしくて見ていられないほどに近くて、少しだけ視線を落とした。声は自然と小さくなっていて、しかたねーだろ、という返事もまた小さい。それなのに、近い。耳元で声がするというのがどういうことか、今更になってわかったような気さえした。幼い頃の記憶とダブるなんてことはありえない。感情が違いすぎる。
 不意にエドの腕が伸びてきて、あたしの背中をそっと抱きしめる。一瞬強ばった身体の力をなんとか抜こうとしたけれど、うまくできない。代わりに彼の背中にも腕を回してごまかした。そのうち、呼吸に合わせて上下する胸の動きに、自然と力は抜けていった。
(生きてる……)
 深いことは考えずに、ただただそう思った。いろんなことがあって、その一部分にだけ関わって、何も知らないけれど、その生の一部に協力することができた。機械鎧という存在のおかげで。
 ときどき足に当たる冷たくて硬い感触に、切なさは感じない。それはあたしの誇りだ。その一方で、抱きしめる腕のあたたかさに全身で喜びを感じる。頭で理解していた喜びを、身体で再認識している感覚。いろんなことを想う中で、その腕の強さにオトコノコを感じた。強く抱きしめられているわけではない。ただ、身体の作りが違う。単なる力の強さじゃなくて、ほどよい筋肉のついた男性だからこその力強さだ。
 鼻先が触れ合うほどの距離に、心臓が高鳴っていく。恥ずかしいからと外したはずの視線の先は自然と口元に辿り着いてしまっていた。
 キスしてみたい、なんて言えない。いつしてくれるのか気になってるなんて、絶対に言えない。
 だからこそ、自然と掬い上げるように唇が重ねられて、あたしは目を閉じる暇もなかったのだ。やさしく合わせられたそれは、少しだけ震えていた。




12.05.06.
キスで20題(04:一回目のキス)
盛大に遅刻しましたが今年の503記念です、一応
今年は何をテーマにしようかなって考えて、そういえば最終回後にファーストキスネタ書いてなかったんじゃないかなーと(未確認)
ゲロ甘すぎて自分でもびっくりしました うえっぷ
ウィンリィは幼なじみから恋人へのシフトって大変だったと思うんですよね
でも慣れるのが早いのもウィンリィだと思う




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