約束の時 | ナノ


約束の時




 ああやっぱり、なんて言ったらきっと「自惚れてんじゃねーよ」と殴られるのだろうが、それでも姿を見た瞬間、「やっぱり」という想いがあった。やっぱり、そこにいた。いると思っていた。
 緩んだ表情で手を振る彼女は、年相応に幼く見える。わかったように気を利かせて、それを悟らせないようにするなんて。そんな大人な姿を見たのが最後だったものだからか、とても新鮮に感じた。新八も思うところがあったのか、一度こちらに視線を寄越す。それに目だけで応えると、再び彼女を――無邪気に笑う妙を見た。
「姐御ー!ただいまアル!」
「おかえりなさい、神楽ちゃんっ」
 万事屋の階段で、ぎゅっと抱きしめ合う二人。よかった、と微笑む妙の頬に、涙の跡はなかった。そのことにひどく安心していることを自覚する。
(いや、わかってたけどね。こいつは泣かないって)
 それでも、お互い顔も見ずに送り出されたときを思うと、どんな表情をしていたのかは気になるもので。大人な対応だったからこそ、無理してるんじゃないかとか、理解しようと気張っているんじゃないかとか。万事屋へ帰って来る途中、気になってしまったのは事実なのだ。
 手当てするからと中へ通されると、気が緩んだのか、一気に疲れと痛みが体を襲う。
「銀さん!」
「銀ちゃんっ」
「あ、姉上、僕はそんなに深い傷ないですし、銀さんの手当てを……」
「私ももう治ったから大丈夫ネ」
「……わかったわ。新ちゃん、悪いんだけど、布団の準備してて」
 新八と神楽がバタバタと駆けて行く。元気だなぁ、あいつら。なんて思ったのもつかの間。妙が笑顔のまま睨んでくる。
「ほら、早く……」
 控えめに取ってきた手が冷たい。ずっと、あの場で待っていたのだろうか。待ってろなんて言わなかったのに。傘くらい、こっちから返しに行ったのに。
 しばらく無言のままで治療は続いた。いつもなら、沁みる消毒液に軽口の一つでも叩きながら包帯を巻かれるのだが、さすがに今はその余裕がない。体力的にも、精神的にも。黙々と作業を進める妙の手つきはしっかりしていたし、銀時自身はそれを見つめることしかできなかった。
「はい、終わりましたよ」
「……おー」
「今日はさすがに疲れてるでしょうから、このままこっちで寝てください。新ちゃんと神楽ちゃんがお布団用意してくれてるはずですから」
「ん」
「ただ、明日からはうちに来て休んでもらえます? その方がきちんと手当てできると思いますし」
「おう。わりーな」
「……なんですか、気持ち悪い。そんなに急に素直になられても困ります」
「てめ……」
 やっぱかわいくねーな、と口にしかけて、やめた。ふと思い立って立ち上がると、やはり痛みが身体中に突き刺さる。それを支えようと慌てて立ち上がった妙の瞳が不安そうに揺れているのを、一瞬だけ見てしまった。ほら、口もそれくらい素直になればいいのに。
「ちょっと、そこで待ってろ」
「でも……」
「大丈夫だって。遠くに行くわけじゃねーから」
 それでも食い下がりたいのを堪えて、妙は銀時の体から手を離した。ゆっくりと、躊躇いがちにその手が離れる。支えを失った銀時は、足に力を込め、壁を伝って玄関へと向かう。ここでふらついて心配かけたら元も子もない。
 ほんの少しの距離なのに必要以上に時間がかかってしまうのは、しかたがないとわかっていても苛立ちを覚える。銀時は、小さく舌打ちをしてから傘を手にすると、妙がいる部屋へと戻った。傘は、妙が作った口実だ。銀時の無事を願い、帰ってきてほしいという想いを、間接的に伝えるための方法。そのくらいはわかっている。でも、きちんと、自分自身の手で返さなくてはいけないような気がした。
 元いた部屋へ戻ると、妙は驚きに目を丸くする。
「神楽が傘をあっちに置いてきちまってな。だから貸してたけど、約束忘れてたわけじゃねーよ」
 お気に入りなんだろ?と笑えば、妙の唇も嬉しそうに弧を描いた。
「何をしに行ったのかと思ったら……」
 銀時の手からそれを受け取ると、妙は胸元でぎゅっと抱きしめた。本当に、バカなひと……その言葉は口には出さず、俯いたまま、半歩だけ銀時に近寄った。代わりに呟いた「おかえりなさい」という言葉は、この距離なら届いただろう。少しだけ、震えてしまったけれど。




12.03.04.
紅桜後妄想、銀妙sideです
映画を観たあと、神楽が傘を持っていたことに少しだけ凹んでしまったのですが笑、だからこそ妄想力を発揮させてみました
「バカなひと」「かわいくねー女」は何度か思うときがあると思うのですが、まだ口に出すときじゃないなーと




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