火の花が咲く前に 「なーなー、ちょっとだけ見に行こうぜ!」 「やだよ、ぜってー混んでんじゃん」 「オレは行きたい!なぁ、三橋は?」 「行、く!」 「じゃあ行く人こっちー!」 ピンッと腕を伸ばした田島の元に、水谷と三橋、泉が集まる。練習で疲れたからか、用事があるからか、理由はそれぞれだが、あまり参加率がいいとは言えなかった。突発的な提案だからしかたないとはいえ、田島は少しだけ唇を尖らせる。 「ちぇっ、なんだよー」 「まぁまぁ、みんな理由あるだろうし」 「わかってるけどさっ。……あ、しのーか!」 着替えを終えてやってきた篠岡に、田島は同じ質問をする。 「そっか、花火大会って今日だっけ。いいね、行きたい!」 「よし、じゃあ急いで行くぞ!」 じゃあな!と行かない人たちに手を振って、田島は駆けて行く。阿部をはじめ、残った部員は、どこにそんな体力があるんだ、と半ば呆れていた。少しは篠岡にも気遣えよ、とも。 駅から電車で二駅のところが会場である。今日の花火大会は、全国的に有名なものというわけではない。しかし地元の中では大きな大会で、それなりに人は集まってくる。練習後の疲れた体で人混みの中に行きたくない、というのは最もだ。 「三橋、この花火大会来たことある?」 「ない、よ」 「あーそっか、おまえ引っ越して来たばっかだもんな」 「じゃあ楽しみだな!」 「う、ん!」 他の乗客の迷惑にならないくらいの声で、楽しみだとはしゃぐ。篠岡も、会場の近くで見たことはないのだと話すと、ますますみんなのテンションは上がった。大きな大会ではなくても、誰かの初めてに携われることは素直にうれしい。それが大切な部員のこととなればなおさら。 ホームを出ると、いきなり人混みが激しくなり、水谷と泉は思わずうわぁと声を漏らした。覚悟はしていたものの、例年こんなに混んでいただろうか。ましてや今のメンバーでは、なかなか目印になるような背の高い人物がいない。水谷がかろうじて170cmを超えているが、目印とまでは言えなかった。 「会場って、あっちだっけ!」 「たぶん、合ってるっ」 駅には、花火大会へ向かう人だけでなく、仕事帰りのサラリーマンも多くいる。はぐれないようにとの確認も込めて、自然と声が大きくなった。篠岡は、この五人の中で最も背が低い。必死で四人の背中を見失わないようにと前を見ていたそのとき、ぎゅっと手を握られる。誰、と思うよりも先に、まっすぐな瞳と目が合った。 「田島くん……?」 「離さねぇから」 「……!」 だから大丈夫、と言わんばかりに、やさしい声。握られた手が熱くて、恥ずかしいはずなのに安心した。 「田島ぁー!ついてきてっかー?」 「おー!」 「篠岡も大丈夫ー?」 「だ、大丈夫ーっ」 人混みに紛れて、他の三人には繋いだ手は見られていないはず。わかっていても、心は落ち着かない。 人の波に押されると、ぎゅっと手の力が強くなる。篠岡からも、自然と力を込めていた。そうして歩くこと十数分。泉の機転により、あまり人に知られていないスポットから見ることになったため、人はどんどん少なくなってきた。 「あの、田島くん……」 「ん? あ、そっか」 もう大丈夫だな、と手が離れる。あまりにもあっさりとしていて、少しだけ寂しいと思ってしまったことに、篠岡自身が驚いていた。 「お、すげー!泉、よくこんな場所知ってたな」 「前に兄貴が彼女連れて見に来たんだとよ。……篠岡?」 「え、あ、ううん!なんでもない!」 花火が上がるまで、あと15分。それまでに、なんとか気持ちを落ち着けないと。 (ほんっと、田島くんって天然なんだから……) こういうのも流せるようにならないといけないのかなぁ、と、思わず苦笑した。 12.03.04. ゆうやさんからのリクエストで、たじちよでした 花火大会で「離さねぇから」という素敵なリクエストをいただきまして、もうそれだけでニヤニヤが止まらなかったです 一応、一年の夏という設定なので、付き合ってはいないです 付き合っていないのにドキドキするようなことをしてくる田島くん、というのがたじちよの魅力の一つだと思いまして リクエストをいただいたのは8月だったせいか、季節外れになってしまいましただ、リクエストありがとうございました! →back |