優しさの刃 | ナノ


優しさの刃(3Z)




 数ヶ月前――あれは夏だっただろうか――私は先生に告白して、振られた。どうして伝えてしまったのか、正直自分でもわからない。言ったらどうなるのだろう、という興味がなかったわけではないが、それだけではない。興味だけで言ってしまえるほど、淡い想いではなかった。けれど大切に仕舞っておけるほど、穏やかでもなくて。だから、”言ってしまった”というのが相応しい。
 季節はもう冬になって、外に出れば吐く息は白く、指先は赤い。少し歩けば汗ばんでいたあのときとは違うということが、嫌でも身に染みる。そう、もう、あのときのようには接せられない。
「なに黄昏れてんの?」
 席から窓の外を眺めていた妙に、突然声が降り掛かる。驚いたものの、声で相手はすぐにわかった。妙は、動揺した素振りを見せないよう、ゆっくりと振り返る。窓とは反対の位置に、身体をこちらに向けて彼が座っていた。
(ほら、ね)
 予想通りの人物に、妙は淡く微笑んだ。机と白衣とタバコ。学生服ではないくせに、学生用の椅子に掛けるその姿にはあまり違和感がない。どうしてかしら、なんて考える余裕はなかったし、答えが出る気もしなかった。
「……古典?」
「先生が出した宿題をやっていたんです。今は休憩中」
「ふーん。そんな難しい問題なかっただろ?」
「ええ、まぁ……」
 机の上にテキストを広げておいてよかった、なんて思う間もなく、覗き込むようにこちらに身体を傾ける銀八。当然縮まった距離に、一瞬だけ緊張が走る。ふわりと漂ったタバコの匂いに、不思議と嫌悪感がないから困るのだ。
「……」
 一度縮まった距離は、あっけなく元に戻る。あぁそうか、気付かれてしまったんだ。この緊張の原因に。「さすがだよ委員長」なんて言葉で誤魔化して、自然を装って距離をとる。そんな大人な対応は、優しくて痛い。けれど「変な気を遣わないで」なんて言う権利、私にはあるはずがなかった。彼をそうさせたのは、誰でもない私自身なのだ。
 言ってしまったことを後悔しているかと聞かれれば、それは半々なのだろう。結果が変わらないのなら、いつ何を言ったって同じだ。だからきっと、これは後悔なんかじゃない。そう思わないと、自分自身が報われない。私自身のために今できることは、何事もなかったかのように振る舞うこと、平凡な会話を楽しむこと、それから……これでよかったのだと思うこと。ただ、それだけだ。
「……まぁ、疲れてんなら無理はするなよ」
「え……?」
「顔。笑い方が無理してる」
 教室もそろそろ暖房切れる時間だし、風邪引くんじゃねーぞ。
 不意に投げかけられた言葉は、予想外。そのまま立ち上がって背を向けた彼に、無理してなんか……と言い訳をする暇もなかった。
(そうよ、無理してなんか……)
 疲れてなんかいない。無理しているとしたら、それはこの気持ちを抑えること、だ。
 それから、銀八は一度も妙の方を振り返ることなく、教室を後にした。ガラリとドアを閉める音が、やけに切なく響く。冬の寒さのせいか、閑散とした教室のせいか、卒業が迫っているからか。
(なんで……)
 彼のどこを好きになったのかと聞かれたら、きっとうまく言葉にすることができないと思う。ありきたりな言葉で言ってしまえば、その優しさに惹かれた。この、どうしようもなく胸を締め付ける、彼の優しさ。それに気付く度、胸が痛む。ちゃらんぽらんで、とてもいいかげんな教師のはずなのに、どうして変に鋭いのだろうか。
 告白したときだってそうだ。期待なんて最初からなかったけれど、彼ははっきりと断った。
「俺は教師だから」
 じゃあ、卒業したら、違う結果になるのだろうか。
 それは当然頭を過ったけれど、結局妙がそれを口にすることはなかった。問題は、教師と生徒という立場なのではない。その理由は、相手を傷つけないための、そして自分自身が傷つかないための、ただの言い訳。やんわりとした拒絶。それがわかってしまった以上、妙は笑って返すしかなかったのだ。
「わかってました。困らせてごめんなさい」
 不思議と涙は出なかった。放心することはあっても、哀しみに浸るということはなかった。だからこの一件以降も、これまで通り生徒と教師として振る舞えたのだと思う。
(でも……少しだけ、近くなったような……)
 優しくされる機会が、増えたような気がする。たとえば、さっきのように。
 彼が自分に興味を抱いたとは、到底思えなかった。でも、彼の中では”自分に好意を持ってくれた人”として、少しだけ特別なのかもしれない。良くも悪くも、気を遣ってるのかもしれない。だけど私に、「気を遣わないで」なんて言葉が言えるはずはない。これは、私が好きになった優しさだ。
(誰も、気付かなければいいのに)
 眼鏡の奥にある瞳の深さを。そこにある優しさを。
 自分の中にあるドロドロとした感情に気付き、慌ててその思考を閉ざした。課題にでも取りかかろう、とシャープペンを手にしたものの、当然そちらに頭を切り替えることはできなくて。結局、その右手を頬杖に、再び窓の外を眺めるのだ。いつ何を言ったって結果が変わらないのなら、彼の好きな部分に触れる機会が増えた、その事実を喜ぼう。




12.01.05.
衝動的に銀八妙
銀八←妙 と見せかけて 銀八→←妙 なんですけどね、わかりにくくてすみません
銀八が自分に振り向くことはないとわかっているのに心の中にある想いはなかなか消えてくれませんっていうのが書きたかったんです
あと振った以上何もできないけど他の人とは付き合ってほしくないから卒業までなんとか自分のことを忘れないでいてほしいと思っている銀八(この辺りは書ききれてる自信がまったくないのでフィーリングでお願いします)




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