恋愛クッキング 「銀さん、これ作れます?」 「これ? あー……まぁ、できんじゃねーの?」 「そうですか……」 真剣な顔で何を考え込んでいるのかと思えば、不意に顔を上げて、手に持っていた本を突き出した。 「教えてくださいっ!」 「……は?」 料理を?お妙に?俺が? 「……ヤダ」 「なんでですかっ」 「教えたところで絶対焦がすだろ!教える意味ねーよ!」 「やってみなきゃわからないじゃないですか!」 「やらなくてもわかんだろーが!今までの経験で!」 「ひどいわ、銀さん。たまには優しくしてくれたっていいじゃありませんか」 「……いや、それ俺の台詞だからね。とりあえず包丁しまってくれませんか、オネーサン……」 はぁ、とため息をつけば、妙が包丁の代わりに本を差し出した。いつもの笑顔付きで。こういった強引さは出逢った頃から変わらずで、結局自分が折れるしかないのだ。 急にケーキを作ろうとするだなんて、一体何があったというのだろう。気にならないわけではないが、今日がクリスマスイブであることを考えると、なんとなく浮かぶ理由がある。 (男でもできたか……?) 作りながら尋ねようとして、やめた。聞いたところでどうするものでもないし、もし本当にそうなのだとしたら、反応に困るのはこっちの気がする。それに、九兵衛とか、すまいるの同僚とか、女同士で何かするのかもしれない。下手にこちらがつっつくものではないだろう。うん。 「銀さん?」 「あ、えーっと……あれだ、生クリームにはもっと砂糖を入れてもいいぞ」 「はあ……ああ、銀さん甘党ですもんね」 「そうそう俺は甘党……って、あげるやつの味覚に合わせなきゃ駄目じゃねーか!」 「え、やだ、もう入れちゃったわ」 「……あーあ」 「……いいんです、これくらい。甘党にはちょうどいいんでしょ?」 で、次は何をしたらいいんです? そう尋ねてくる妙の表情に、こりゃ男だな、となんとなく確信した。キラキラした瞳が気に食わない。滲み出ている幸福感にイライラする。どうして、なんて考える気はないけれど。 その後はもう、淡々と教える他なかった。教え方がいいせいか、こんなときにかぎって妙が失敗する気配はなく、それがまた一段とイライラを募らせる。さすがに彼女も訝しがってはきたけれど、いつものようにのらりくらりとかわしていた。理由なんて、言えるわけがない。 「もしかして、あとフルーツ飾れば終わりですか?」 「え、マジでか」 「マジです、たぶん。ほら」 怖いくらい順調に進んだケーキ作り。皿に盛りつけられたそれは、少々クリームの塗りが歪ではあるが、少なくとも食べ物には見える。暗黒物質ではない。というより、きちんとケーキになっている。 「おー……じゃあ、苺飾ったら終わりでいいんじゃね?」 「はいっ」 珍しく料理が成功しそうだからか、はたまたその先の誰かを思い浮かべてか、妙は嬉々として苺を飾り始めた。もともと不器用ではないから、包丁で指を切るようなことはないだろう。もう用無しかな、と台所を後にしようと背を向けた。 「銀さん」 それを引き止めたのは、彼女の声。なに、と聞けば、今日は随分機嫌が悪いですね、と。 「何かあったんですか? 糖分足りてます?」 「おまえなぁ、誰のせいだと思って」 「だから、はい」 「……は?」 はい、と、もう一度促すように目の前に突きつけられたのは、間違いなく、完成したばかりの歪なケーキで。早く受け取ってください、と唇を尖らせながらも少しだけ頬を染めた姿は、年相応のオンナノコにしか見えなかった。半ば押し付けられるようにして受け取ったけれど、頭はまったく追いついていない。 「え? え、だってホールケーキなんて食ったらごまかしきかねぇよ?」 「……誰が一口なんて言いました? それ、銀さんへのプレゼントです」 あなたの為に作ったんです。クリスマスですから。 「……」 待て。ちょっと待て。つまり、このケーキは、最初から俺のためだったということで。それじゃあ、想像の中で嫉妬していた相手は、現実では自分自身だということで。 「……で? 銀さんはどうして私のせいで機嫌が悪かったんです?」 どこからか取り出されたフォークにケーキを一口乗せて、口元へと持ってこられる。すべてを把握しているかのような余裕の笑みに、観念して口を開けた。 11.12.27. あやさんからのリクエストで、銀妙クッキングでした 『銀さんにお菓子作りを習うお妙さん/銀さんは自分のためとは気づかないで応援とかしちゃう/最後にお妙さんが「あなたの為に作ったんです!」』というシチュエーションだったので、どちらかといえば銀←妙かなーと思いつつ、銀→←妙になっちゃいました バレンタインネタとしていただいていたのですがクリスマスでもいいとのことで、お言葉に甘えて…と思ったらクリスマスにも遅刻するという大変申し訳ない結果になってしまったのですが、リクエストありがとうございました! →back |