甘く響けば、それは | ナノ


甘く響けば、それは




 結婚して何が変わったのかといえば、あまり大きな変化はないのかもしれない。銀時は相変わらず万事屋の主であり、急に収入が増えるようなこともなければ、ジャンプを卒業することもない。妙もすまいるを辞めてはいないし、道場復興の夢を諦めてもいなかった。さらに言えば、二人へのストーカーもなくなっていない。
 変わったのは本当に小さなことで、たとえばお互いの家を訪れることが少しだけ増えただとか、仕事上がりの妙を迎えに行くのに理由を付けなくなっただとか。周りからしてみれば、少しだけ素直になったレベルの変化である。派手な式を挙げたわけではないから、もしかしたら結婚という事実を知らない人は知らないままなのかもしれない。ストーカー二人は知っているはずだが。
「……なんだかなあ……」
 そんな現実を振り返り、銀時はぼやいた。こうやって縁側で寝そべるのも、以前からしていたこと。もともと家族のような付き合いをしていたのだから、遠慮や羞恥なんて無いも同然で、あらためてお互いのことを意識する瞬間はすごく少ないような気がする。十代の学生なんかじゃないのだから、今更青い春に焦がれるわけでもないけれど。
 不満ではない。どちらかといえば、拍子抜け。だけどそれくらいがちょうどいいなんて言ったら、彼女は笑うだろうか。
「どうかしたんですか?」
 洗濯物を干していた彼女が、こちらを振り返る。逆光で表情はよく見えないけれど、薄く微笑んでいるのが声色でわかる。天気がいいせいか、ご機嫌だ。
「いや、何も」
「……変な人」
 たいして興味もないのか、再び洗濯物を干しにかかる。その後ろ姿をぼーっと眺めていた。それすらも見慣れているといえば見慣れている光景で、今更思うところはないはずだったのだが。
(あ……)
 慣れた手つきで広げられたのは、銀時の着物。志村家の物干し竿に当たり前のようにかけられたそれは、当然のことながらそれなりに幅をとり、存在をアピールしている。
 これは、うん、悪くない。
「今度はどうしたんですか、ニヤニヤして」
 くすくすと笑いながら、洗濯物を干し終えた妙が銀時の隣に腰掛ける。その笑みは柔らかく、どうやら今日は本当に上機嫌のようだ。ゆっくりと体を起こした銀時に、小首を傾げて笑いかけていた。
 そんな彼女の手が赤くなっているのに気付いたのは偶然で。ああそうか、もう秋だもんな。冬も近付いてるし。濡れた物に触れていたのだ、指先が冷えていてもおかしくはない。だから銀時は、自然な動きでその手をとった。
「つめてー……」
 妙の細い指は、銀時の手のひらにすっぽりと収まった。温めるようにぎゅっと握れば、銀時の手にその冷たさが移る。何度も何度も、ぎゅっと握った。時には指先を撫でるように。労るように。慈しむように。
 なかなかあったまんねーな、と言いながらちらりと妙の顔を窺う。……え、と思わず零れてしまったのは、彼女が頬を真っ赤に染めていたからで。何の気なしにしていた銀時からすれば、彼女の反応は予想外。戸惑ったのは一瞬で、すぐに悪戯心に火がつくのも当然だった。
「……なーに真っ赤になってんの、オネーサン。何か感じちゃった?」
「ち、違います!変なこと言わないでくださ……ひゃっ!」
 温めていない方の手を彼女の頬に押当てれば、自分でも冷たさに驚いたのか、かわいらしく悲鳴を上げる。続けて銀時の頬にそれを当てると、やはりそれは冷たくて、彼も少しだけ眉をひそめた。
 妙の右手は、銀時の左手の中に。妙の左手は、銀時の頬に。両手を奪われて為す術もないまま、目の前で意地悪く笑う彼を睨むしかなかった。こういうときの彼は危険だ。何をしてくるかわからない。先程までの和んだ空気は、もうそこにないのだ。
 彼にスイッチが入る瞬間は、何度となく見てきた。だからわかる。そしてそれに流されてしまいたい気持ちは、認めざるを得ない。甘くてやさしい時間に、溺れていたい。それが許される関係になってからまだ日は浅く、加えて普段からなかなか素直になれなかったり、仕事の時間のずれだったり、何らかの理由が積み重なって、まだまだ恋人や夫婦らしいことをする空気には慣れていなかった。その気持ちを知ってか知らずか、リードというにはマイペースすぎる誘いを、断ることはほとんどない。
「……チッ」
 せっかくいい雰囲気になったのに、と顔をしかめる銀時に、妙はきょとんと目を丸くした。その視線を受けて銀時は一言、時間だ、と。ちょうど妙の背中側にあった壁掛け時計を見れば、たしかに万事屋へ向かわなければならない時間だった。いや、むしろすでに遅刻は決定している時間である。昔から彼は仕事熱心ではなかったのだが、今日はかなり稼ぎのいい仕事が入ったと言っていた。結婚生活というものがある以上、貴重な収入源を蹴るわけにはいかない。ブツブツ愚痴を零しながら支度を始める銀時を、妙は苦笑しながら見ていた。
 玄関でブーツを履く彼の背中を見つめる。私も少しだけ残念でした、なんてかわいい言葉は紡げそうにない。だから、せめて、「いってらっしゃい」と。
「……」
「?」
 こちらを振り返りながら固まってしまった彼に、忘れ物ですか?と尋ねる前に、再び背中を見せてガシガシと頭を掻いた。そのまま右手を軽く上げ、小さな声で「イッテキマース……」と。
 ああ、これは、少しだけ照れくさい。
 妙は何の気なく、出かける人に対して一番自然な声をかけただけ。それでも、彼が生活の変化を意識するのに、必要なのはその言葉と笑顔で十分だったのだ。




11.11.22.(いい夫婦の日)
いつもお世話になっているかけらぱれっとのゆーあんさんのお誕生日祝いに書かせていただきました
いい夫婦をかかれるゆーあんさんがいい夫婦にお誕生日だなんていい夫婦を書くしかないじゃないか!という勝手な押しつけです
すでに夫婦な二人がどんな瞬間に夫婦を意識するのかなって考えたのですが、「いってきます」とか「おかえりなさい」とか、そんなふとした一瞬だといいなーと(希望)
ゆーあんさん、おめでとうございます!これからもよろしくお願いします!




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