ちいさなはじまり | ナノ


ちいさなはじまり




 つい三週間ほど前に銀時の誕生日パーティーが行われたこの家で、今度は妙の誕生日パーティーが開かれた。妙の職業柄、誕生日は稼ぎ時である。前日も当日も当然出勤しなくてはならないため、パーティーは先程、日中から行われた。
 万事屋の三人が準備してくれたパーティーは、仕事で疲れた妙の心を癒すのに十分だった。客や同僚からの祝いの言葉が嬉しくないわけではないのだが、仕事という枠の有無はやはり大きい。なにより、たった一人の家族や、それに近い存在の二人からの祝福は、他の何にも換えることができないのだと実感したのだった。
 幸せを噛みしめながら楽しんだあとの仕事というのは、どうしても億劫になってしまう。いつもならさっさと身支度を整えるのに、今日はどうしてもノロノロとしてしまった。着替えなくてはならないとわかっていても、無意味に鏡に映る自分を見つめてしまう。プレゼントや料理、飾り付けられた部屋を思い出すと、自然と口角が上がる。唇に紅を引いてようやく、鏡の中の自分は仕事用の顔になった。それでもまだ、この空間にいたいという想いはどうしても残るのだけれど。
 居間へと向かう途中、銀時や神楽が泊まる際に当てている部屋に、彼はいた。何をするでもなくだらりと足を投げ出している。どうかしたのかと考えるよりも先に、ただ暇を持て余しているのだなと思った。「姉上はこのあとも仕事ですし、休んでいてください。片付けは僕らがやるんで」「そうヨ、アネゴのためなら私も新八の手伝いするネ」なんて言うかわいい二人とは反対に、このマダオはそそくさと居間から立ち去ったのだ。
(本当に、この人は……)
 呆れているはずなのに、その背中からなんとなく視線を外せない。何を想い自分が立ち尽くしているのかもわからなくなって、妙はその部屋へと足を踏み入れた。
 万事屋の三人。たった一人の家族である弟と、それに近い存在の二人。神楽のことを日頃から妹のようにかわいいと思っているのは事実だが、銀時はどのように位置付けたらいいのだろう。父親のような歳でもないし、だからといって兄のようだとも思えない。神楽に対しては妹がいたらこんな感じなのかと考える一方、銀時に対してはそのような感情を抱いたことがないのだと気がついた。位置付けられないのに家族のようだと思うことはおかしいだろうか。
「……なに」
 そんな想いがあったせいだろうか。妙は銀時の背中を前にして膝を折ると、迷った末に、彼の背中にそっと手を伸ばした。指先で触れたそこは、着物越しなのにどこかあたたかい。そのままゆっくりと額を寄せれば、よりぬくもりを感じられた気がした。
「お妙……?」
 心なしか、いつもより声色がやさしい。冗談混じりの「誕生日、浸ってんの?」という三週間前と同じ台詞でさえどこか心地よくて、ゆっくりと瞼を閉じた。浸っている?たしかにそうかもしれない。否定はできない。
「……探してるんです。私と銀さんの位置」
「位置?」
「ええ」
 でも、やっぱりよくわからないわ。そう自己解決して、おもしろいことではないのに小さく笑った。
 この背中を見て、単純に触れてみたいと思った。それなのに、触れてみたら何かが違う気がした。たしかにぬくもりを感じたはずなのに。
 背中を合わせるのも、隣に並ぶのも、しっくりこないわけではない。それでも、何がどうとはわからないのに、「ああ、ここだ」と思える場所が本当は別のところにあるんじゃないか、と思ってしまう。それはまるで、家族のようだと言いつつ家族には例えられない二人の関係をそのまま示しているかのようで、妙をなんとも言えない気持ちにさせた。
「おまえにとっては、そっちなわけ?」
 少しの間があって聞こえた声に、ゆっくりと顔を上げる。気のせいだろうか、微かに不満が滲んでいるように聞こえた。背中から離れたタイミングを見計らって、銀時は身体を反転させる。ああやっぱり。唇がへの字。
「……こっちじゃねーの?」
 意地の悪い笑みとともに背中に回された彼の右手は、決して強引ではないのに抗えない。ゆっくりと傾いた身体は、そのまま彼の正面に収まった。
 正面という位置を、忘れていたわけではない。意図的に意識の奥へと追いやっていたのだ。だってその位置は、どうしてもあの日のことを思い出すから。
「……この間から、どういうつもりなんです?」
 ようやく紡いだ言葉は可愛げも何もないもので、我ながら情けない。けれど、他には言葉が見つからない。
 あの日――銀時の誕生日――は、妙にとって特別だった。例外だったのだ。だからおとなしく受け入れたのに……それだけだと思ったのに。この三週間、特に変わりなく過ごしたかと思えばまたこれで、いよいよどうしていいかわからなくなる。今日はアルコールも摂っていない。
「どうって……」
「私が、誕生日だから?だから今日も特別のうちに入ると?」
「じゃなくて……いや、おまえの誕生日が特別じゃないってわけじゃねェけど」
 けど、の続きを目で促せば、ぐっと何かを堪えるような表情で、自分も今日は素面だなんて言い訳を紡ぐ。あげく、言わなくてもわかんだろ、なんて勝手な論理を展開する始末。ああもう、こんなやりとりをしたいわけじゃないのに。
 なんとなくわからないでもないけれど、もしかしたら私の勘違いかもしれないと思うと恥ずかしくて、だからこそ確証となる一言が欲しいと願う、それは我儘なのだろうか。
「銀さ」
「なァ」
 耳元で低い声が囁く。
「……勘違いなんかじゃねェよ」
 ドクンと心臓が大きく鳴るのと、また見抜かれてしまったと思うのは、ほぼ同時だった。回された腕にぎゅうっと力が込められ、少しだけ息苦しい。切なさと愛しさで、胸がいっぱいになった。
 本当は、気付いていたのだ。自分がもう一度、彼の腕の中を求めていたこと。背中でもなく隣でもなく、私はあのときのぬくもりにもう一度触れたかっただけ。だけど態度の変わらない彼に、その想いを心の片隅に追いやるしかなかった。忘れたいのに、追いやることしかできなかったのだ。
 詰めていた息を吐き出すと、じんわりと全身であたたかさを感じる。ゆっくりと銀時の背中に腕を回すと、ようやく彼の鼓動を聞く余裕ができた。
「金無いから飲みには行けねェけど、ちゃんと迎えに行くから」
 だから連絡入れろよ、と、ぼそりと呟かれたのは、精一杯の照れ隠し。それに応える私の声も、精一杯冷静を装ったものだった。何の変哲もない小さな約束は、それでも彼の気持ちを素直に示したもので、仕事上がりを素直に楽しみにさせた。上がる頃には日付も変わっているはずだが、私と彼の特別は続くのだということを、もう疑いはしない。





11.10.31.(志村妙誕生日)
こちらも銀妙10月祭様に投稿させていただきました
銀さんバースデーのつづき…というより、セットです
ぽんぽんテンポよく会話していないときの一言一言、考えるの難しいですね
お妙さん、お誕生日おめでとう!




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