とくべつのはじまり | ナノ


とくべつのはじまり




 志村邸で行われた銀時の誕生日パーティーは、それはそれは盛大なものだった。小学生のクリスマスパーティーのような飾り付け、妙が作った暗黒物質、神楽が書いた下手くそなオメデトウ、なぜか自分で用意した特大のケーキ。新八だけはまともかと思いきや、プレゼントはお通ちゃんのボイス付き目覚まし時計だという。派手で、騒がしくて、めちゃくちゃで、最初に「おめでとう」を言ってもらった他は誕生日らしいことが何もなかったけれど、それだからこそこんなに幸せな誕生日を迎えられたような気がするのだから不思議だ。
 はしゃぎ疲れた子ども二人が居間を離れたのを見計らい、銀時は縁側へと移動した。程よく酒が回り、騒いだせいもあってか軽く火照った身体を冷ますには、ここにいるのがちょうどいい。
 少しだけ、甘い匂いがする。夜に紛れて橙色は見えないけれど、たしか金木犀が咲いていたはずだ。
「……銀さん……?」
 やさしい声色に振り向けば、首を傾げて彼女が立っていた。その手には、徳利と猪口を乗せた丸盆がある。
「珍しく浸っていたんですか?」
「ばーか、違ぇよ」
「ふふ……素敵な誕生日でしたものね」
「……だから違うっつってんのに……」
 まだ飲む気なのかと思えば、どちらかというと飲ませる気だったようで、ご丁寧に猪口は二つ用意してあった。僅かに隙間を開けて隣に腰掛けた妙は、その片方を銀時に手渡す。続けて徳利を手にした彼女に、飲みますよね?と目で訴えかけられたが、特に断る理由もなかったのでそれを受け入れた。酔いを冷ますために来たことを、忘れていたわけではないのだが。
「お誕生日、おめでとうございます」
 妙は、銀時と自分の分の酒を注ぎ終えると、盃を合わせながらそう言った。乾杯の代わりの、本日何度目かわからない祝いの言葉。くすぐったく思いながらも、銀時は「どーも」と返す。煽った酒は、苦くも甘い。
 拳一つ分の距離が開いていた。パーソナルスペースとしては近すぎる距離だったが、不思議と嫌な感じはしない。たしかに普段から、殴る蹴るも含めれば距離がゼロになることも少なくはない。だから慣れていると言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、はたして本当にこの距離感も同じなのだろうか。ちらりと隣を盗み見れば、なぜか目が合ってしまい思わず逸らす。
(……なんでこっち見てたんだよ……)
 黙っていれば、その微笑みはとても女性らしい。大きな瞳を少しだけ細めて、こちらを見ていた。反射的に顔を背けてしまったくせにきちんと覚えている辺り、タチが悪い。しかめっ面でもう一度盃に口をつければ、舌には苦みだけが残った。
「……ひどい顔」
 失礼ですね、人の顔見たあとにそんな渋い顔するなんて。
 そんなつもりはなかったのだが、妙の機嫌を損ねさせるには十分だったらしい。けれど、銀時が謝罪の言葉を述べる前に、彼女はふっと微笑んだ。
「私ね、銀さんの誕生日をお祝いできて嬉しいんです」
 唐突に紡がれた言葉。突然のことに頭がついていかなくて、銀時は思わず彼女を見つめた。その視線を受け止め、今度は妙から外す。正面を見ながらも軽く目を伏せるその仕草に、少しだけドキリとした。
「こうやってお祝いしてたら、しみじみ考えちゃって……出逢えてよかったなって。だから、生まれてきてくれてありがとう」
 誕生日って、年に一度しかない特別な日でしょう?それを一緒に祝えてよかったなって、そう思ったんです。
「……っ」
「……?銀さん?」
 唐突だった。あまりにも唐突だった。そんな大きな爆弾を落とされるだなんて、まったく予想していなかった。突然落とすにしては大きすぎるそれを、自然に受け止めることは不可能で。
「……おまえ、それ、すっげー殺し文句……」
 太腿の上に肘をつき、その手で顔を隠した。隠し切れていないのはわかっていたし、10近くも年上のやつが大人げないとも思ったのだが、普段からは想像もできないようなことをさらりと言ってのけた女に、正面からありがとうと言えるような強者がいたら会ってみたい。それくらい、銀時には衝撃的なことだったのだ。
 一瞬きょとんとした妙は、けれど彼の気持ちをなんとなく察して、くすりと笑う。こんなことを言ったら不機嫌になるとわかりきっているので、決して口にはしないが、この人はときどき可愛いところがある。素直に感情を表に出すことが多いのに、たまにこうして隠そうとする。大事なことはうまく隠すくせに、ときどき変なところでぎこちなくなる。不思議な人と出逢ったものだ。
 銀時はちらりと妙に視線を向けると、左手に持っていた猪口を傍らに置いた。そして右手で、ぐっと妙の肩を引き寄せる。身体は簡単に傾き、拳一つ分の距離がゼロになる。驚いて振り向いた彼女の唇を奪うことは、想像していたよりも容易かった。
 時間にしたら、おそらく三秒程度。金木犀の匂いがする、なんて無意識に他のことを考えながら触れていた。ゆっくりと、名残惜しく離れた唇。振り向いたときと同じように目を丸くしたままの――そのとき以上に頬を染めた妙を、至近距離で見つめる。
「……」
「……」
 誘われるように、ゆらゆらと肩に頭を預けた。……ああ、今度は、違う甘い香り。
「……酔った……」
 言い訳にしてはあまりにも酷い言葉を、ぼそりと呟く。その言葉をゆっくりと噛みしめた妙は、見えない位置で微笑んだ。直に伝わる振動も、頬に触れる柔らかい髪も、くすぐったいのに愛おしい。
「いいんじゃないですか、たまには。……誕生日ですもの」
 特別な日、ですからね。
 囁きながら背中に腕を回せば、少しだけ強い力で抱きしめられた。





11.10.10.(坂田銀時誕生日)
銀妙10月祭様に投稿させていただきました
酔ったときに勢いで軽くちゅーしちゃうネタは昔から書きたい書きたいと思っていたのですが、まさか本人の誕生日に書くことになるとは…
昨年後悔したので今年は糖度高めで!
銀さん、お誕生日おめでとう!




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