熱よりも熱く | ナノ


熱よりも熱く




 ガシャン、と音がして、思わず台所の方を振り向く。見れば、湯のみを落として割ってしまったようだ。割れた破片を拾おうとする妙に静止の声をかけて、銀時は立ち上がる。
「危ねェから」
「す、すみません……」
 割れたのは、先程まで彼が使用していた湯のみだ。しゃがみ込んだ銀時が、ちりとり貸して、と顔を上げた瞬間。目が合った妙の、顔色が悪い。
「……?どうした、どっか怪我したか?」
「え、いえ、大丈夫です」
「大丈夫って……顔、真っ青じゃねーか」
「そんなこと……」
 妙の声を無視して、立ち上がった銀時が彼女の左手をとる。ぱっと見た感じ、怪我をしているわけではなさそうだ……が。
「おまえ……」
 手の平の熱さに違和感を覚えた銀時は、今度は彼女の額に手を伸ばす。……案の定、熱い。
 銀時はため息を一つ零すと、足下の破片に気をつけながら彼女の肩を軽く押し、寝室へ行くよう促した。志村家の勝手は知っている方だと自負しているが、体温計の在処まではわからない。布団敷いてやるから、とりあえず熱計れ、と。妙は渋々頷くと、寝室に向かって歩き出した。その足取りがいつもより危なっかしくて、後ろから見ている銀時は落ち着かなかった。
 彼が布団を敷いている間、別の部屋で着替えを済ませた妙は、隅の方でおとなしく体温を計っていた。ぼーっと見つめる視界が霞む。何もないように振る舞っていたのは、怠さを感じてはいたものの、そこまでひどい熱はないだろうと思い込んでいたからだ。暇だからとやってきた銀時と、お茶を飲みながら談笑するのが楽しかったからでもある。ちなみに弟は、愛する寺門通のライブのために朝から張り切って出かけていた。貴重な、二人でいる時間だったのだ。
 体温計に表示されたのは、平熱よりも2℃ほど高い。これはどうやら、立派な風邪だ。
「ったく……やっぱ大丈夫じゃねェじゃねーか」
「……ごめんなさい」
「おら、とりあえず布団入れ」
 背中に添えられた手がやさしい。薄い布越しに伝わる熱が、あたたかい。横になればあっという間に眠気と怠さが襲ってきて、自然と瞼が閉ざされた。
 それから、どれくらいの間寝ていたのかわからない。重い瞼を持ち上げれば、そこにはまだ銀時の姿があった。
「……ずっと、いてくださったんですか……?」
「ばーか、病人置いて帰るわけねーだろ」
「……ありがとうございます」
 すみません、と出かかった言葉は、彼のそれが半分照れ隠しであると気付き、感謝の言葉へと変わる。
 銀時は、濡らしたタオルで彼女の額の汗を拭った。再び閉じられた瞼と、吐き出される深い吐息。新八が帰ってくるまでに、少しは状態が良くなればいいのだが。
「銀さんに、風邪移しちゃったら……」
 銀時が心配しているのと同じように、妙もまた銀時の心配をする。この期に及んで、まだ彼女は他人優先なのか。驚きと呆れが混ざるが、それが彼女の性分なのだと思うと、それも苦笑に変わってしまう。「こんなんじゃ移んねーよ」と宥めるように髪を撫でてやれば、妙はそれでも躊躇うように布団で口元を覆った。
 響いた低音が、柔らかかった。触れてきた手は、ゴツゴツとした男の人のものだった。それらを必要以上にやさしく感じたのは、自分がよほど弱っているのか、それとも……。妙の中に、ざわざわとした戸惑いが生まれた瞬間だった。
 手の平が離れていったあと、銀時に向けていた視線を下げる。そのまま背を向けるつもりだったのだが、なんとなく寂しさを覚えてそれはやめた。……ああ、そうか。寂しいのだ。離れていったぬくもりを、自分はきっと、求めている。
 それを自覚した妙は、再び銀時に視線を向けた。ゆるゆるとしか動けないことが憎らしかったが、彼とはしっかり目が合った。
「……」
「ん?どうした?」
「……本当に……?」
 何かを懇願するような瞳からはいつもの気の強さは窺えず、彼女はこんなにも弱々しかったのか、本当にあの志村妙なのかと疑いたくなってしまうほどだった。
「本当に、移らない……?」
 風邪……と、軽く咳き込みながら告げる。どうやら先程の言葉を確かめているようだ。普段なら気にも止めないであろうやりとりを拾い上げられたことに、少しばかり動揺する。それがどうかしたのかと尋ねるように肯定の答えを返せば、妙の左手がゆっくりと布団の中から伸びてくる。
「もう少しだけ……このままで……」
 伸びてきた指先は、無防備に膝の上に置いていた銀時の右手の指先に引っ掛けるかのように軽く触れる。その仕草が、妙の遠慮そのものを表しているかのようで。そして、力が込められない指は、風邪の重さを物語っているようで。
(……マジでか)
 不覚にもドキリとしたのは銀時だった。彼女の女の部分を改めて突きつけられたような、そんな感覚。今更、彼女を女として意識するだなんて。まさか、そんな日が来るだなんて。
 早く元気になってくれ。じゃねーと、こっちが狂う。そんな銀時の想いも知らず、妙はゆっくりと目を閉じた。先程より表情が和らいで見えるのは、気のせいだろうか。重ねただけの指先に、少しだけ力を込めた。




11.09.09.
唐突に風邪ネタが書きたくなりまして
どっちが風邪引いてもおいしいです、いやもうホントにおいしいです




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