コンプレックス・カタルシス


「そういえば三井さん、いつか彩ちゃんがタイプって言ってたけど、あれ本当かな」

「ブーーーーッ!」

「うわっ、こころさんどうしたんスか急に!制服コーヒー牛乳まみれっスよ!」


ーーこの宮城くんの言葉の破壊力といったら、そりゃあもう凄まじいものだった。


「おい、綾部」

「あぁ?」

「な、なんで睨むんだよ」


三井くんに声をかけられても、私はこの調子だ。

……やっぱり世の中の男は万国共通、胸がデカくて色っぽいお姉ちゃんが好きなのね。

私は自分の胸を見てため息を吐いた。何だこの「つるぺたーんっ」な胸は!


「世の中不公平だ!」

「だからって私の胸を揉むのはやめてください」


放課後、体育館に立ち寄った私は仕事中の彩ちゃんを捕まえて変態の所業に走った。

その様子を目にした宮城くんはボールをほっぽり出し、慌ててこちらへ飛んでくる。どうやら、彼の彩ちゃんセンサーが素早く反応したらしい。


「こころさんなんて羨ましいことを!」


……さすがだぜ宮城くん。ぶれないね君は。

彩ちゃんの「馬鹿なこと言ってないで早く助けろ!」という声で、宮城くんは私の手を彩ちゃんの胸から引き剥がした。


「間接的でも良いから俺も彩ちゃんの胸触りたい!こころさん、握手してください!」

「リョータ、死にたいの?」

「ごめん、彩ちゃん」

「アンタはさっさと練習戻りなさい。……こころ先輩、どうしたんですか急に」


彩ちゃんは本当に優しい。無礼なことをした私にもこうやって声をかけてくれる。……ああ、あなたって子は本当に良い女。


「あー、もしかして、俺がさっき言ったこときにしてます?」


私が一人彩ちゃんに感動していた時、宮城くんが閃いたように言った。


「何よリョータ、さっき言ったことって」

「三井さんが彩ちゃんがタイプだって言った話」


彩ちゃんは「ああ」と言って苦笑した。私は思わず宮城くんにボディブローを放ちたくなった。


「でも、ほら、あれはグレてた時の話ですし!」

「でもさぁ、彩ちゃんは本当に胸大きいし可愛いし胸大きいし」


私の目は完全に据わっていた。もう彩ちゃんの胸しか目に入らない。

その時だった。「おいマネージャー!赤木が呼んでるぜ!」と、聞きたくなかったヤツの声が聞こえてきたのだ。

彩ちゃんは返事をすると赤木くんの元へ行ってしまい、私と宮城くんがその場に取り残される。ヤツは私と目が合うと駆け足でこちらへ近寄ってきた。


「何で綾部が居るんだよ」

「ふふ……どうせ私はちんちくりんさ……」

「はあ?なんか今日変じゃねーか?」


私の様子を見て首を傾げた三井くんにすかさず宮城くんが耳打ちをする。「三井さんが彩ちゃんがタイプって話をしたんスけど」という声が聞こえてきたので、私は宮城くんに渾身のボディブローを放った。地獄耳なめんな。

床に倒れこんだまま動かなくなった宮城くんから私に目を移した三井くんは、長いこと何かを悩むように眉間にシワを寄せている。その眉間のシワが少し薄くなった時、彼は口を開いた。


「綾部、よく聞け」

「嫌だー!巨乳が好きなんて宣言聞きたくないーっ!」

「誰が宣言するかよそんなこと!」


三井くんは自分の耳を塞ごうとする私の両手を掴むと咳払いをした。

ていうか、私の顔が赤いのはわかるとして、何故三井くんも赤くなる必要がある?やっぱ巨乳好きっていうのは図星だったのか?


「お、俺は思う、」


三井くんが声を絞り出すように言う。


「マネージャーよりお前の方が、良い女だ」

「へ、」

「ああああああ!とにかく、宮城の言ってたことは忘れろ!」


私はコクンとうなづいた。嬉しすぎて、声が出ない。


「まあ、確かに胸は小せえけど」

「……それは余計だ」

「関係ねーだろ、そんなもん」


三井くんは笑った。君は本当に、私の感情を振り回す天才だと思う。コンプレックスは見事に消え去った。

そして、赤木くんの用事を済ませた彩ちゃんが影から様子を見ていて「早くくっついてしまえ」と文句を言っていたのを、私は知らない。


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