勘違い、結果オーライッ!


「黒板消しー♪黒板消しー♪黒板消しー♪」


掃除当番になってしまったある日の放課後のこと。窓際でパタパタと黒板消しを叩いている綾部は、気持ち悪いほどの笑顔で変な歌を歌っていた。


「……黒板消しをそんな楽しそうな単語にするなんて、さすが綾部だな」

「あっ三井くん。なんか言った?」

「何でもねーよ。何だか気持ち悪いくらい機嫌良いな」

「気持ち悪いは余計だよー!」


……いやいや、やっぱキメェよ。とてつもなく引っ叩きたくなる笑顔だ。

綾部はいつも笑顔だが(俺はそれが大好き……って、何言わせんだコラ)、こんなニヤニヤとした表情は初めて見る。

……一体何がヤツをこんなにしてしまったのだろうか?

俺が悩み始めたと同時、綾部の胸ポケットに入っていた携帯が鳴った。「もしもし!」とさぞかし嬉しそうに携帯を耳に当てるもんだから、俺はヤツの電話の相手がとても気になった。


「うん、うん……わかった!じゃあ5時に駅前のシュークリーム屋さんの前ね。気をつけてくるんだよ、みさお」


綾部の口から男の名前が発せられたことに思わず戸惑う。まさか……いや、そんなまさか!!


「じゃあまた後でね。ばいばーい」

「……っ」

「ふんふーん♪……て、三井くん!?どうしたのっ!?顔が!顔がいつもに増してヤンキー!」

「おい……今のって……」

「え?……あっ、うん!実は……今日久しぶりにデートなんだ」

「デ……!!」


俺というものがありながら!!ーーなんて思いを慌てて掻き消す。イカンイカン、綾部は俺の彼女でも何でもないんだった。ちくしょう。

俺が何も答えられずにいると、「黒板消し綺麗にしたから帰るね!バイバイ三井くん!」と言ってさっさと教室を出て行ってしまった。

ーーけっ。まあ、アイツが誰とデートしようがアイツの勝手だ。アイツが誰と何しようが……アレしようがコレしようが……!

そんなことを考えていたせいで、部活中に自称天才男の投げたパスが俺の顔面にクリーンヒットしてしまった。いつもならこんな事は絶対にあり得ない。


「……やっぱダメだ!気になって部活に集中できん!!」

「何だ、ミッチー恋煩いか!?」

「うるせー!桜木集中しやがれ!」

「ミッチーが言える言葉じゃねーよなそれ!」


何てことだ。部活にまで影響を及ぼすなんて……まだまだだな、俺も。

そんな気持ちを口実に、赤木に許可を貰って外へラントレに出た俺。もちろん目指す場所は綾部が言っていた待ち合わせ場所である駅前のシュークリーム屋。

……ストーカーなんて言葉は野暮だぜ。

目的地に到着すると、そこにはもうすでに綾部の姿があって、俺は慌てて身を隠した。

俺の位置からは相手の姿は見えないが、綾部はとても楽しそうに話をしている。先程までのにやにやとした気持ち悪い笑みではなく、俺の好きな愛嬌のある笑顔を俺以外の誰かに向けていた。

それが悔しくて悔しくてーー俺は来るんじゃなかったと後悔した。


「おにーたん、だいじょーゆ?」

「……あ?」


しゃがみこんで俯いてた俺に、シュークリームを持った見知らぬガキが話しかけてきた。ガギは眉を下げて心配そうに俺を見ている……そんな表情が、何処かアイツに似ている気がした。


「ああ、大丈夫だ……サンキュ」

「シュークリーム、たべゆ?」

「……優しいんだな、お前。きっと将来良い男になるぜ」


俺が頭を乱暴に撫でると、ガキはニコッと笑って「よかったー!」と言った。こういう時のリアクションまで似てやがる。

その時ふと背中に重みを感じた。突然のことに驚いて思わず振り返ってみると、予想外のヤツが俺の背中に乗っていたワケで。


「三井くんさすが!良くわかってるねー!そうなの、みさおは将来きっと良い男になるの!」


なんで、綾部が俺の背中に乗ってるんだ……?


「あーっ!おねーたん!」

「おねーたん?……はあああああああ!?」


俺の背中から降りた綾部はガキを肩車すると、「弟のみさおでーす!只今2人でデート中なのですっ」と紹介した。

弟……マジかよ……俺は脱力し、その場にへたり込んでしまった。


「どうしたの?三井くん」

「だいじょーぶ?おにーたん」


しゃがみこんで俺の顔を覗き込む綾部姉弟。俺はそんな2人が愛おしくなり、思わず抱きしめてしまった。綾部は「ぎゃー!?本当にどうしたの三井くーんっ!!」なんて言って暴れている。みさおはキャッキャッと笑っていた。


「デートなんてややこしい言い方するんじゃねえ、このブラコン。心配しただろうが」

「あう……ご、ごめんなさい」

「……許す。でもよ、こんなちっせえ弟居るなんて知らなかったぜ」

「実はあともう1人居るんだよ。それはみさおと違ってクソ生意気で可愛くないの」

「へー、そっちも見てみてーな」

「……み、三井くん?周りの目が気になるからもうそろそろ離して頂けるかしら?」

「却下」


離せ離せと暴れる姉とは対象的に、弟はとても大人しく俺たちのやり取りを見つめていた。実に空気の読める賢いガキである。

みさおは俺の頬をつんとつつくと、「おにーたん、おにーたん、みみかして」と言った。

「おー、何だ?」

「……おにーたんは、おねーたんの、すきなひと?」

「……これからなる予定」


みさおは嬉しそうに笑った。釣られて俺も笑った。



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