自転車物語
電車通学から自転車通学に変えてみた高3の初夏。
湘南の朝の空気を肌に感じるのはとても気持ちが良い。嗚呼、もっと早くこうしてれいれば良かったと後悔する。
海辺の道を走っていると、見慣れた後頭部を発見した。
「おはよー三井くん!」
「あ?……おお、綾部。なんだ、お前、チャリ通だったのか」
「今日からね!」
「ダイエットか?」
「な!まるで私が最近太ったとでも言いたいようだな!……ちくしょう図星だ!」
徒歩の三井くんに合わせのろのろと運転する。三井くんは気を使ってか少し駆け足になってくれていた。
「乗ってく?後ろ」
「ぶっ。俺がお前の後ろに乗るのか。……まあ面白れえ」
と、三井くんはニヤニヤしながら私の後ろにまたがった。
……お、重い。汗がぶわっと出てきた。
「ぐぬ、ぬぬぬ……」
「ほ〜ら頑張れ〜。進め進め!」
「三井くん重いよ!ちくしょう筋肉ばっかつけやがって!少し分けてください切実に!」
「変わろうか、運転」
「言うのが遅い!是非お願いします!」
三井くんと私は場所を交代した。……だが、ここで問題が発生する。
何処を持ったら良いのだろうか。私は二人乗りをするときに運転している人に掴まっていないと怖い人間だ。
肩か、腰か……どうしよう。
「よし、行くぞー」
「待った!」
「あ?」
「ちょっと待った……」
私は頭を抱えた。三井くんは不思議そうに私を見ている。
そういえばさっき三井くんはどこを掴んでいただろうか、意識していなかったなあ。
「おい、もしかして俺に掴まるのに躊躇ってるのか?」
「え!?あ、いや」
「ショックだぜ。そんなに男臭いか、俺」
「いや、そうじゃなくて!なんというか……」
「照れてるとか?今更だろ」
そう言うと三井くんは私の手を自らの腰に回させた。
そして間髪入れずに発進する。
「うわあああっ!?速い!速いよ三井くん!落ちる落ちる!」
「あ?じゃあもっとスピード上げるか!」
「ぎゃあああ!!三井くん実はドSだったのかあああああ!!」
三井くんの腰に回す手に自然と力が入ってしまう。
大きな背中に頬をくっ付けてみた。温かい。良い匂い。……うわ、私って変態。
「なんだ?」
「いや……なんか安心する」
「……ほー」
三井くんがどんな顔をしているかは見えなかったけど、耳が少し赤くなってる気がした。