世界が変わったその瞬間


―――少し前の話。



前髪を切ってみた。

ただ目に入って邪魔臭かったからという理由。

見える世界に変化はない。


「こころ、髪切った?」

「うん…けど切りすぎた…」

「いんじゃない?可愛いよ」

「本当?ありがと」


友達とそんなやりとりをして、席に着いた。


後ろの席の三井くんは今日も教室に来ない。

多分、堀田くんたちと屋上にでも居るのだろう。

私が何回も「教室に来よう!」と誘っても、無視されてしまう。

…悲しい。

そんなことを考えてると、教室が急にざわめいた。

なんだろうと思って、私は顔を上げる。


「綾部、」


私の前に立っている、短髪の男子。

…さーて、誰でしょう?


「おい、聞こえてんのか」

「うん、聞こえてる。えーっと?」


男子の眉が、ピクッと動いた。


「…お前、俺のこと髪型だけで判別してたのか」

「え?どういう意味?」


私が首をかしげていると、近くに居た子の口が「み、つ、い」という動きをした。

え、みつい?三井くん?

目の前の男子の顔をまじまじと見る。


「ああああああっ!ほ、本当だっ、三井くんだ!髪っ!落としたの!?」

「落としてねーよ!切ったんだよ!」

「へぇ…だいぶ思い切ったね…」

「まーな」


どうやら三井くんの言うとおり、私は髪型だけで彼を判別していたらしい。

でも本当に印象が全然違うからわからなくても仕方ないよ。

これは髪形のせいだけじゃないと思う。


「で、俺の席どこ?」

「ここだよ」

「へー、お前の後ろか」

「うん」


無視され続けていたのが嘘のように、会話が成り立つ。

周りのクラスメイトも驚いた顔をして私たちを見ていた。

三井くんはそんな視線を無視しながら、自分の席にカバンを置いた。

私の後ろの席に三井くんが座っているといことが不思議でならない。

…ていうか、この教室に彼が居ること自体が不思議だ。


「それで、どうしたの?何か取りに来たの?」


いつものように屋上に戻るのだろうと思った私の言葉に、三井くんは眉をひそめた。


「いや、そうじゃない。…授業、出る」

「え、」


彼に何があったのだろうか。

そういえば、バスケ部が練習をしていた体育館に堀田くんたちが乗り込んだと聞いた。

それが関係しているのだろうか?


「なんだよ、俺が授業に出ちゃいけねーのか」

「いや、そうじゃない!びっくりしちゃって」


まぁ、何があったのかはどうでも良いや。

とりあえず、すごく嬉しいもん。


「…って、なんで泣くんだよっ!?」


ああ、もうやだ恥ずかしい。

なんで私泣いちゃうんだろう。

でも、こんな慌ててる三井くんなんて初めて見たから結果オーライ。


「ぶふっ…くくっ…」

「泣いたり笑ったり、気持悪いヤツだな、お前」


今日は初めて見る三井くんがたくさんだ。

いつも怖い顔をしていた彼が、笑ったのだ。

予想以上にかっこよくて、私は目をそらした。


「でさ、綾部」

「何?」

「今まで、悪かった」

「…うん。仲直り」


私は小さくピースをする。

それに三井くんもピースで返した。

「つか、前髪」

「え?」


前髪、という言葉に再び三井くんの顔を見た。

自分の前髪を手で隠して。


「切ったな」

「三井くんに言われたくないよ。それに間抜けでしょ?」


三井くんみたいに、劇的な変化じゃないもん。

そう思いながら三井くんを見る。

…こっちの方が似合ってるじゃん。


「いや、可愛いんじゃねーの?」

「…そっか、ありがとう。三井くんもそっちの方がカッコイイや」


私の前髪が、窓から入ってきた風に揺れた。







前髪を切ってみた。

ただ目に入って邪魔臭かったからという理由。

見える世界には、大きな変化があった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -