夢現
突然だが、月曜日の6限目は、数学Aという私にとって地獄の時間帯なのである。
「……Aが必要条件であるから、Bは〜〜」
必要条件とか十分条件とか、計算しないじゃん。何故これが数学なんだ、哲学だろ。
使用しているテキストの名前は「ネバーギブアップ 数学A」なのだが、私はというと完全にギブアップしていた。何がネバーギブアップだ、何処ぞのテニスプレイヤーだよ。
それに、週明けで眠いし昼食後で眠いし退屈で眠いし、まあ兎に角眠くて仕方ない。
私はついに机に突っ伏してしまった。その体勢のまま視線を少し上に持っていく。
「るーかーわー」
隣の席のハンサムな男と目が合った。私が名前を呼ぶと彼は一回だけ瞬きをした。
「眠いよ流川」
「じゃあ寝ろ」
「うん。なるべくヨダレ垂らさないようにするね。でももし垂らしちゃったときのために醜いとこ見せちゃってごめんねって先に謝っとくね」
「良いから寝ろ」
流川の言葉に、私は目を閉じた。ーーそういえば、流川が授業中起きてるなんて珍しいなあ。
最近は試合続きで大分疲れているらしく、彼が授業中起きているなんてことは皆無だったのである。
そうじゃなくても睡眠命な男なんだ、何故今日は起きているんだろうか。不思議だ。……微睡みの中、ふわふわとした頭でそんなことを考えていた。
…………ーーーーーーーー
「あーっ!よく寝たっ!」
目が覚めたとき、数学Aの授業はとっくに終わっていて、それどころか帰りのHRまで終わっている有様だった。
誰か起こしていけよ、てか掃除どうしたんだよ。心の中でクラスメートにツッコミを入れてみた。
「いつまで寝てんだ、どあほう」
「うわあああああっ!!」
教室にはもう誰も居ないと思っていたから、突然した声に驚き思わず叫んでしまった。
ーーその声の犯人は私のすぐそばに居た。
何故すぐに気付かなかったのだろう。隣の席には私が寝る前と同じように流川が座っていて、彼は私のことをジッと見つめていた。
「る、流川?どしたの?」
「ヨダレ」
「え」
流川は私の口元を自分の学ランの袖で拭い始めた。「き、汚いよ!」と私は慌てて彼を止めたが、やめる気配はない。
「目が半開きだった」
「えっ嘘」
「嘘」
私の口元を拭い終えて、流川はそんな冗談を言った。まあしかし嘘で本当に良かった!
「ゲップしてた」
「えっ嘘!」
「嘘」
「……一体何なんだ君は」
いつも無表情な流川の顔が輝いている。楽しんでるな、コイツ。
そもそもね、私はヨダレを垂らしてしまう以外は睡眠中なんの問題も起こさないのよ。歯ぎしりもしないし、寝っ屁もしない!
「寝言言ってた」
「はいはい、それも嘘なんでしょ」
「俺のこと好きだ、って」
「はい、嘘うそ……ウソ?」
まさか、そんなーー目を見開いて流川の顔を見ると、先程の輝きに満ちた楽しそうな顔から一変、とても真剣な眼差しで私のことを見ていた。
ーーどどどどどどうしよう!!夢は自分の深層心理を表すとか言うけど、そんな、私が流川を好きだなんてまさか!?……駄目だ、夢の内容全然思い出せない。
思わず椅子を倒す勢いで立ち上がってこの場から逃げ出す準備をしてしまった。頭がくらくらするくらい顔が熱い。流川のことが、見れない。
「う、嘘だよね!?」
「……」
「えええええっ!?そ、そんな馬鹿な!!」
「うるせー。嘘だ」
ああああ、何だ、嘘か……本当に良かった……。私はホッとして床にへたり込んだ。
流川はというと、何だか不服そうな顔をして私を睨んでいる。
「……そんなに嫌か」
「ご、ごめん。別に流川が嫌いだから慌ててるんじゃないよ。もしそんなことになったら、なんか気まずいじゃん」
「俺はそんなことねーケド」
「え」
「今日だってオメーの寝顔が見たくて起きてた」
「ちょ」
「オメーが気持ち良さそうに寝てるもんだから、俺が起こすなって皆に頼んだ」
「……っ!」
「もう我慢ならん。いい加減気付け、どあほう」
流川に腕を掴まれ、私は無理矢理その場に立たされた。流川のハンサムな顔が、視界一面に広がる。
「好きだ、苗字」
「……う、嘘だ」
「これは嘘じゃねー」
ーーそれが本当に嘘じゃないと言うのなら、私はまだ夢の続きを見ているんだと思う。
しかしなんとまあリアルな夢なんだ。流川に抱きしめられるととても息苦しくて、何故だか幸せな気持ちになってしまった。こんな夢は初めてだ。
反省会