渚のラフメーカー


「ひっく、うっ……」


夕日に照らされた海辺に私の泣き声が響く。今日に限って波の音はとても静かだった。

私の高校から少し歩いた所にある堤防ーーここは私のお気に入りの場所なのだ。

海は私が何を言っても黙って話を聞いてくれるから好き。嬉しいことも悲しいことも、誰よりも最初に報告する。

今日はとても嫌なことがあった。だから気が済むまで、この涙が止まるまで、海に慰めてもらおうと思った。


「あんなヤツ、なんで好きになったのかなあ」


膝を抱えてうな垂れる。ふと今日1日の出来事が走馬灯のように駆け巡った。それと同時、よりいっそう涙が溢れてきて口に入ったーーしょっぱい。ただ落ち込んでいるだけじゃ余計に辛くなってしまうじゃないか!

ああ、思いっきり叫びたい。海はどんなことも受け入れてくれるから良いんじゃないか?……都合の良い自問自答だ。

まあ良いや。私は深呼吸をして、勢い良く立ち上がった。


「クソッタレーーッ!!お前なんか好きになった私が馬鹿だったわーーっ!!よく見たらそんなにタイプでもなかったわーーっ!!一生女に恵まれない呪いをかけてやるわ!あっはっはっザマーミローーッ!!」


私の叫び声に驚いた鳥が、バサバサと激しく羽ばたいた。それと同時、カランという大きな音がして思わず振り返る。

ーー私のすぐ後ろで、釣竿を持ったツンツン頭の青年が固まっていた。音の正体は彼が落としたバケツのものだと思われる。そして私も固まった。


「……いつから居ました?」

「なんで好きになったのかなって所から」


青年はバケツを拾いながらニコリと笑って言った。最初からじゃねーか、恥ずかしい!!


「大丈夫?」

「〜〜〜〜っ!」

「そんな顔赤くしなくても。海に向かって叫ぶのって気持ち良いよな」


この緩い空気を纏った青年に私は見覚えがあった。そうだ、陵南高校の仙道くんだ。

彼はうちの高校でもちょっとした有名人で、女の子からの人気が凄まじい。しかしまあ何故、そんな仙道くんがこんな所に居るのか。


「部活は?忙しいんじゃないんですか」

「へぇ、俺のこと知ってるのか」

「まあ有名だから仙道くんは。私の友達にも居るよ、君のファン」

「……ほー」


仙道くんは私から目を逸らして釣りの準備を始めた。いやいや、だからなんで釣り始めようとしてるの!私は1人になりたいのに!


「失恋か」


手を動かしながらそう言った仙道くんは相変わらずの笑顔で、私は少しムッとした。


「まーね」

「ははっ、そうかっ」


え、何故笑う。何が面白かったのかイマイチわからない。


「……折角お気に入りの場所なのに」

「もしかして俺邪魔?」

「うん」

「はっきり言うな。……名前は?」

「名前」

「名前ちゃん、か。たまには人に相談してみろよ、こんなとこで海に話しかけてないでさ」

「たまには人にって、なんで私がよくここに来てること知ってるの?」

「いつも見てるから」


釣竿に向けていた目を私に移してそう言うものだから、私はかなり焦った。


「いつも……って」

「ああ、俺よく近くで釣りしてんだ」

「……私って寂しい人間に見えてたんだね」

「そんなことはさすがに思ってねーけど」

「はぁ〜〜〜〜っ」


長い溜め息。なんだかとーっても恥ずかしい。

しかしまあ、彼の纏う柔らかい雰囲気に当てられたせいか、海にばかり心を開いていた私の心境に変化が見られたーーたまには人に話してみよう、かな。


「好きな人に、告白したの」

「うん」

「結果は、駄目。まあそれは良いんだけどさ、その後にね、馬鹿にされちゃったんだ」

「……なんて?」

「私みたいな女に告白されて、OKする物好き居るのか?……って。私が居るのに気付かなかったんだろうね、教室で話してるの聞いちゃった。今思い出すだけでも惨めになるよ。本当、あんなヤツだと思わなかった」


また涙が頬を伝った。一度溢れると中々止まらないんだ、全くたちが悪い。

ぐしゃぐしゃになった顔を仙道くんに見られたくなくて俯いていると、頭に重みを感じた。その正体は仙道くんのゴツゴツとした大きな手だった。


「……殴りたいな、そいつ」

「ありがとう、仙道くん。その気持ちだけで嬉しいよ。私の見る目がなかっただけだから」

「じゃあ、今はどんな男が良い男だと思う?」

「へ?……そうだなー、花をプレゼントしてくれるような人、とか?なーんて、」

「わかった、待ってろ」

「仙道くん?わかったって、何処行くのー!?」


仙道くんは駆け足で何処かへ行ってしまった。よくわからないまま取り残された私は、彼の置いていった竿を海に垂らして暇を潰すことにした。

ーー仙道くんが戻ってくる頃には、私は既に魚を3匹も釣り上げていた。彼はバケツの中を見て、「名前ちゃんは釣りのセンスが有るな」と笑った。


「何処行ってたの?」

「ちょっと花屋まで」


そう言うとニコリと笑って花束を私に差し出した仙道くん。予想外の出来事に、私は目を見開いた。


「花束……って、嘘」

「俺、名前ちゃんに告白されたらOKしちゃう物好きな男だから」


私は呆然と仙道くんの笑顔を見つめることしかできなかった。耳に入ってくるのは波の音だけ。何が起きたのか全くわからなかった。


「一目惚れだったんだ。ずっと好きだったんだぜ。俺は、名前ちゃんの海よりも近くに居たい」


気が付くと強引に花束を押し付けられ、頬に軽くキスされていた。まさかの彼の行動に、心臓が飛び跳ねる。

突拍子もない行動と爽やかな笑顔に、私の心は完全に落ちちゃった気がした。失恋したその日に新しい恋が始まるなんて、信じられない。


「……仙道くんってキザなんだね」

「茶化すなよ……こんなの、本当はキャラじゃないんだけどな。名前ちゃんに俺のこと好きになってもらいたかったし、笑って欲しかったから、つい」


「自分でもクサイと思ったぜ」と、仙道くんはしゃがみ込み頭を抱えた。ツンツンとした硬そうな髪の毛がくしゃっとなる。

照れ臭そうな顔をした彼がおかしくて、思わず笑ってしまった。


「あ、やっと笑った」

「うん。ありがとう、仙道くん」

「……どういたしまして」


私は花束を抱えて仙道くんの背中にもたれかかる。彼は一瞬驚いたように私を見て、その感情を悟られまいと言うように宙を見て咳払いをした。

優しい潮風が髪を揺らす。私は仙道くんの温もりを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じた。


反省会


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