おまじない(1/1)
彼と過ごす、三日目の夜。
昨日はなんとか眠れたけれど、今日はドキドキしている。
ちょっとだけ、少しだけ、"した"から。
まだ慣れない夜の生活。
熱が冷めない私の身体。
目が合えば胸の奥がきゅんとする。
ん? と少しだけ眉を上げるあなた。
「眠れないの」
「あ、俺も」
「……ふふ」
よかった。私だけじゃなかった。
鷹雪くんも照れているみたいで、顔を赤くしてプイっとどこかを向いてしまう。
けれど、私を抱きしめる腕はそのまま。
ぎゅっと、つよく、でも優しく。
いたいよ、と照れ隠しをしてみれば、「ごめん」と慌てて腕を緩める。
ちがうのに。
女心、ぜんぜんわかってない。
「……ぎゅってして」
「えっ?」
「鷹雪くんの体温、おちつくの」
はは、と笑うあなたにまた抱きしめられる。
同じ人間なのに、ぜんぜん違う感触。
逞しくて筋肉質なあなたとぷにぷにな私。
こういうとき、こんな立派な旦那さんをもらってしまい後悔をする。
おいしいごはんをたくさん作って、いつかぷにぷににしてやる。
――でも、お仕事に影響が出ちゃったら困るなあ。
いつか、おじいちゃんになったら、ぷにぷににしてやるんだから。
きゅ、と抱きついてみてもいつもの眠気はやってこない。
触れた箇所から聞こえる鼓動。
ドキドキしている。
私も、あなたも。
「たかくん、すごい」
「あ、亜子ちゃんもすごいよ」
おかしくなってしまうのではないか。
ふたりとも、このままドキドキで死んでしまうのでは。
なんて、変なことも考えてしまう。
あなたの手が恐る恐る私の胸に触れる。
「……もう一回、ダメ?」
「だめ……」
「うはは!冗談」
なんていったけれど、胸に触れた手は動かない。ちらりと睨んでみれば、いつもの優しい深緑色の瞳をして「だめ?」と笑っている。
「亜子のここ触ってると落ち着くから」
「やだ」
「ずっる、自分はこうすると落ち着く〜とか言っときながら」
だって、としか言えなくて、もう一回顔を上げれば熱に熟れた深い緑色。
口では軽いことを言っていたのに、本当は――
「……いいよ」
「……んーん、大丈夫。触らせてくれるだけで」
うそつき。
"したい"って顔に書いてある。
でもきっと、これはあなたのやさしさ。
私のことを気遣ってくれてるのね。
ごめんなさい。
ありがとう。
こういうところ、愛してます。
「ちょっと、だけ、ごめん」
声のすぐあと、ぎゅっと、力いっぱい抱きしめられて。
お互いの体温がピタリとくっついた。
ドキドキ。
お互いの鼓動が混ざりあって、呼吸も少しずつ同期していく。
ドキドキ。同じリズム。
同じタイミングで呼吸も。
深く息を吸い込めば落ち着くあなたのにおい。
ゆっくりと力が緩んで、体温が離れていく。
でも、心臓も呼吸も一緒で。
すぐそばにあなたを感じる。
「……ありがと。あ、眠れそうですか」
「……もっとドキドキしちゃった」
ふはは!と豪快に笑ってから、俺も、と付け足す鷹雪くん。
世の恋人たちや夫婦はすごいと思う。
こんなにドキドキすることをして、平気な顔で眠ってる。生活をしている。
私なんて、こうやってハグをするだけで、キスをするだけでいっぱいいっぱいなのに。
だんだん慣れていくものなのかな――
「ちょっとじっとしてて」
なあに、と聞く暇もなく、ふわり、情事のあいだ、何度も口付けられた唇がまぶたに触れた。
「眠れるようにおまじない」
「ふふ、へんなの」
ぽんぽんと優しい手が私の頭を撫でる。
私の呼吸に合わせて、ぽんぽんと。
心地いい。
まだあなたを見つめていたかったけれど。
ゆっくりまぶたを閉じれば深い闇。
そこにあなたを思い描いて。
夢の世界に連れていってと手を伸ばす。
優しく握られた手。
どこまでも連れていってください。
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不器用恋愛