或る火曜日のお話(1/3)



 毎週火曜日はいつもより早く仕事が終わる。

 自転車をとばし、保育園で働く彼女を迎えに行くのが常で。

 たいてい彼女の仕事は終わっておらず、うちのプールに通っている園児に手を振ったりマダムに挨拶をしたりして時が過ぎるのを待っている。

 今日もきっと仕事中だろうと思いつつ、ペダルを漕いでいく。

 夏のじりじりとした赤い太陽が、肌をちりちりと焼く。

 年中日に焼けてはいるが、今年はいっそう焼けそうだ。

 始まったばかりの夏に若干の不安を抱きながら、法定速度ぎりぎりで自転車を走らせ、風を感じる。もわっとした熱気を含んではいるが、悪くない。むしろ心地が好い。

 無意識にペダルを漕ぐ足に力が入っていたようで、慌ててブレーキをかける。危うく通り過ぎてしまうところだった。

 ブレーキ音に驚いたのか、マダムや園児がちらりと向く。

 やはりこの時間は迎えがピークらしく、園児たちのぴーぴーとした声で賑やかだ。轢いてしまわぬよう細心の注意を払って自転車を走らせる。そして路肩に停めた瞬間に腹を襲われた。



「よー、まっつん」

「イデデ、こら腹はやめろ」

「なにしてんだー?」

「お迎えだよ!」

「あら松本先生、お子さんいらしたんですか?」



 俺の働くスイミングスクールに通う教え子の園児とそのマダム。
 親はこんなにおっとりしている癖に、どうしてこんなに人の腹を狙うクソガキ様に育つのか。



「あ、いや、子供じゃなくて――彼女、というか、妻を」

「まあ。松本先生ご結婚されてたんですねえ」

「ははは……まあ。」

「どなた?」

「あー……えっと。」



 砂場にいた彼女を見つけ、視線で答える。マダムは「まあ」とほほ笑み、クソガキ様は俺の腹を狙い続けた。痛い。



「あこちゃん先生はおれとけっこんするんだぞ」

「へーんだ。もう俺が亜子ちゃんと結婚したもんね。ラブラブだもんね!」

「りこんだ!」

「こらショーちゃん!先生をいじめないの!帰りますよ!ふふふ、ごめんなさいねえ」

「はは……いやいや」



 俺も大人気なかったことは認めよう。

 マダムと問題児に別れを告げ、彼女を観察することにした。砂場で他の先生となにやら作戦会議中らしい。

 俺に気がついたのか、彼女が顔をあげる。



「あっ、もうちょっとで終わるからー!」

「んー」



 手を振り返していると、一緒に作戦会議をしていたらしい先生が振り向いた。

 珍しく男だった。

 ふたりでなにかを話す。それから彼女は彼の耳に口を近づける。

 離す。

 くすっと、照れたように彼女は笑う。

 ――なんだ、それ。その顔は。

 気がつけば隣にあった木の葉っぱをぶちぶちとむしっていた。青い匂いがした。


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