校内にチャイムが鳴り渡ると、隣の教室で行われていたお父さんによる熱い熱いコロンブス語りは終了した。
私の教室でも黒板に書かれたシグマとかよくわからない記号の方程式が消されはじめていた。
午後の最後の授業が終われば、掃除とHRをして放課後。
帰宅部エースの私はいつもなら即帰宅。だけど今日はちょっと寄り道。
保健室にある、お気に入りのソファに座って思案にふけった。お供はふかふかのくまよさん。
将斗さんは机上を睨みつつぐりぐりとボールペンで紙をえぐって、なにやら作業中。
突然ボールペンを止めると、笑顔を向けてくれた。
「また中身が出ちゃうぞ」
「あっ、すみません」
「今日はなんの悩み?」
「幸せについてです。本で読んで……」
変な悩みだったかな。将斗さんが数回瞬きしてから笑い出しちゃった。
でも、笑うなんてひどいです。
ずっと見つめていると、将斗さんは「ごめんごめん」と片手をあげた。
「壱も幸せについて考えてたんだよ。だから、似てるなーって」
「壱くんも……?」
そういえば、壱くんと出会ってからもう1週間以上経ってるんだ。
なんだか、早いなあ。
「似てるね。亜子ちゃんと壱」
「えっ、いえ、似てませんよ。壱くんみたいに背は高くないし……髪の毛だって。私、茶色いもん」
「外身じゃなくて中身。性格かな。思考とかも」
「そうですかあ……?」
首を傾げ、ぬいぐるみを抱きしめた途端に綿がぽろりと落ちる。
元から脆い耳の付け根から、中に詰められた綿が見えた。
――もし私がこのくまよさんなら、壱くんの中身も綿ってことかなあ。
見当違いのことを思っていることに気がつかず、綿を詰める。