(歯車の噛み合う音がする)


 
 瞼を開いた。この部屋は暗くて、冷たかった。よくわからないような薬品の臭いもしたし、焦げ臭い火薬の臭いもした。鼓膜が破れるような甲高い機械音もした。喉を震わせてみる。「うるさい」と。「うるさい」とは、何だろう。考えてみる。けたたましい音、声、騒々しいこと、うるさいとはそういうことだ。なんだろう、頭の中からカチャカチャと音がする。頭のなかが、うるさい。
 隣から、物音がする。暗闇だから、よく見えない。喉を震わせて、声を出す。

「誰、だ…?」

 だんだんと、目が慣れて来た。うっすらと、人影のようなものが見えてくる。曖昧な影が、色濃くなり、顔のパーツまでわかるようになる。黒髪にすっきりとした尖った顎、丸い瞳。細い体に黒くスリムなつなぎを着ていた。男だ、そう思った時、彼が声を上げた。きれいなアルトだ。

「また人形か。」
「人形…?」
「ぼく達のことだよ。」
「ぼく達?オレとお前のことか?オレが人形だとでも言うのかよ。」
「そう。」
「オレは人間だ。グリーンと言う名前がちゃんとあるんだからな。」
「自分を人間だと思ってるの。」
「人形はこの部屋を冷たいと思わない。焦げ臭い火薬の臭いもわからない。」
「ぼく達は優秀な研究者にかつてないほどに精巧に創られたアンドロイド。殆どが人間。だけど正確にはアンドロイド。何故なら、壊れるから。壊れたら直される。人間は死んでしまうし、年をとる。ぼく達は死なないし、永遠にこの姿のまま。」
「なんでお前は自分がアンドロイドだと自覚してるんだ?」
「死のうとしたから…。ぼくも自分は人間だと思って居た。レッドと言う名前だってある。だけど、ぼくは製造されてから、既に50年経っている。」

 衝撃に、言葉も出なかった。目の前の、見るからに少年の彼は、50年間存在している。年若い見た目。年月を積み重ねた形跡はなかった。10歳くらいにしか見えなかった。
 自分も、アンドロイドなのだろうか。
 近くに転がって居る瓶を割って、自らの皮膚を傷付けた。レッドは見ているだけだった。薄く切った皮膚からは、何の液体も流れなかった。

「血液循環機能は鋭意開発中だ。内臓機能は搭載されているはず。きみは食事から排泄までの機能を確認するための試験体として開発されたと聞いた。」
「お前は、どうして淡々とそんなことを話すんだ!」
「聞かされたことを話しているんだ。」
「お前に感情はないのか?」

 無表情に淡白な視線を向けてくるレッドの胸倉を掴んだ。彼は瞳を揺らすことなく、見上げてくる。その何の光も映していない瞳が憎らしくて、暗闇にぼんやり浮かぶ白い頬を力いっぱい殴った。レッドはゆらりと床に倒れた。そのまま、黙って動かなくなる。呼吸はしているので、壊れていない。

「痛いか?」
「痛いに決まってるよ。」
「なんで、お前を殴ったと思う。」
「知らない…。」
「ずっと独りだったお前は悲観的になりすぎている。だから殴ってやった。独りじゃ、自分を殴れないだろう。」

 レッドはきょとんとした目で、見上げてくる。こんな顔も、出来るんだな、と思った。ずっとアンドロイドらしかった彼の瞳に、やっと光が灯った気がした。

「レッド、もう、お前は独りじゃないんだ。オレが傍に居てやる。」
「そ、う。」
「お前、オレの名前、ちゃんと覚えてるか?」
「うん、」
「本当だろうな。呼んでみな。」

 そう言うと、レッドは若干目を泳がせた。

「覚えてないな。」
「ごめん…。」
「グリーンだ。ちゃんと覚えてろ。お前にはオレしか居ないんだ。」

 レッドの細い肩を掴んで、両眼を見詰めた。黒曜石のような深い瞳が、見つめ返してくる。そして、初めて、彼の笑みを見た。

「うん、そうだね…。」

 先ほどまでの淡白で無機質なレッドの表情とは打って変わった、向日葵のような笑顔はアンドロイドとは思えない輝きがあり、眩しさがあった。
 ああ、アンドロイドで良かったじゃないか。
 何故なら、レッドと永遠に共に居られるのは自分だけなのだから。
 瞼を閉じると、思考回路にインプットされた彼の笑顔が、鮮やかに再生できる。




110605提出
ジョウロ‐アンドロイドパロ





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