001 クレヨン
「あ」と短く声を上げたミナトに「どうした?」と声をかければ「懐かしいものみつけた」とひょいと何かを差し出された。

「クレヨン?」

それは12色入りオイルパステルだった。「懐かしいだろー」と笑いながらミナトはオイルパステルの箱の蓋を開けた。途端、一瞬きょとんとした顔で箱の中を見つめ次の瞬間大笑いしだした。
「どうしたんだよ」と首を傾げれば「いや、この頃同じもんばっか描いてたなって思い出したんだよ」と返され更に首を傾げた。

ふと盗み見た箱の中のオイルパステルは、青と肌色だけが極端に減っていた。


002 階段
「いつか俺、ミナトに置いてかれそう」なんてヒューが言うものだから思わず「ハァ?」と聞き返してしまった。

「ミナトは昔から行動力あるし、大概の事は1人で出来ちゃうし、いつか気付かない内にいなくなっちゃいそう」

「……それをお前が言うか」

「え?」と首を傾げたヒューに「なんでもない」と返し心の中で盛大にため息をついた。
小さい頃はこちらが上だった身長も筋力もとうに抜かれた。日々をなあなあに過ごしている自分と違いヒューは夢を持ちそれに向かい努力している。
己からしたらヒューは自分の2歩3歩前を歩んでいるのだ。そしてきっと、振り返ってはくれない。

「私の方がヒューに置いてかれそうだ」

現実には触れられる距離にある筈の背中の遠さに涙が出そうになった。



003 荒野
思えばこの国では外国人という分類をされる自分が特にこれといったトラブルが起きたこともなく今に至るのはあながち隣でクッションに顔を埋めながら眠そうにテレビのロードショーを見ているミナトのおかげでもあるのかもしれないと思ったのはテレビから流れる男優の台詞のせいだった。
周りと少し違う容姿に級友達から特異な目で見られたことが無いわけではないし、イジメとまではいかないにしろそれに近いことをされたこともあった。
その度に怒り文句を言い力ずくで解決してきたのがミナトだった。
時たま自分より年上相手にも文句を言いに行き殴りあいの喧嘩になったこともあった。思い返しても大きな怪我をしなかった事に安堵する。

感慨深くなってしまいなんとなくミナトの頭を軽く撫でれば眠そうにしていたミナトはびくりと肩を跳ねさせこちらを見ている。
「どうした?」と聞いてくるミナトに「んー、無茶すんなよーって」なんて曖昧に返すと「なにがだよ」と怪訝な顔を見せる。
頭を撫でたまま「別に」と返せばよく分からないといった顔をして、すぐにどうでもよくなったのかミナトは俺の手をそのままに再びクッションに顔を埋めた。



004 マルボロ
「あれ、これマルボロじゃん」

煙草を吸っている己の隣にどっかりと腰を下ろしたミナトが机の上に置かれた煙草の箱を見て口を開いた。
「いつもセブンスターじゃん、洋モクなんて吸ってんの初めて見た」と続けるミナトに「自販機で間違えたんだよ」と返せばふーんと軽い返事。
「私も吸っていい?」と聞かれ軽く頷けば机に置かれたマールボロの箱から1本取り出し口にくわえた。

「それ吸うのかよ」

「滅多に吸わないから常備してないんだよ」

「あと火ぃくれ」と催促され煙草をくわえたままミナトの口元に近付き煙草の先を……なんて映画のような事はせずポケットからコンビニで煙草を買った時にオマケでついてきた黄緑色の簡素なライターを投げるように渡せば「さんきゅ」と一言小さな摩擦音をたて煙草に火をつけた。
ふぅと煙を吐き出すミナトを横目で見ながら灰皿に灰を落とす。
「きっついなこれ」と苦笑するミナトに「ミナトがたまに吸ってるのも結構キツいだろ」と言えば「ラッキーはわりと軽いよ、つーかセブンスターの方が重いだろ」と返された。
「セッタは案外甘いよ」と言えば「へぇ」と少し驚いた顔をされた。
煙草を深く吸い吐き出せば「そういやさ」とマールボロの箱をひょいと持ち眺めながらミナトが口を開く。

「マルボロのパッケージの赤って女性の唇のイメージなんだってよ」

そう言ってニヤリと意味深に笑うミナトの唇に思わず目が行ってしまいすぐに目を逸らし煙草を吸った。やっぱり俺にはセブンスターが1番だな。



005 釣りをする人
中学も2年の春頃。ヒューの両親に誘われヒューの家族と私の家族で行ったのは自分で釣った魚を食べられるという料理屋だった。
釣り堀と料理屋が隣接しており釣り堀で釣った魚をバケツごと料理屋に持っていくシステムらしい。昼飯食いに行くって言ってたのに11時に料理屋に着いた理由はこれか。

釣りを開始して早40分、最初はそんな簡単に釣れるものなのかと疑いながら釣り糸を垂らしていたのだが予想以上に簡単に釣れて思わず釣った魚を凝視してしまったのは20分程前の話だ。
そろそろ両親達と合流するかと立ち上がりバケツを持ち上げようとして、止まる。重くて持ち上がらなかったのだ。
水を少し抜くか魚を減らすかと思案していると後ろから名前を呼ばれた。振り返ればヒューが立っていた。

「そろそろ戻ってこいってよ」

「あぁうん、今行こうと思ってたんだ」

「ただバケツがちょっと重くて」と続けようとした時、ヒューがひょいとバケツを持ち上げた。驚く私に気付かず「うわっ重っ!」と苦笑するヒューに「バケツ……」と呟けば「あぁ、ミナト釣り竿とかも持たなきゃだろ?バケツくらい持つよ」とからから笑うヒュー。
そういう事じゃないんだがと思いつつ「ありがとう」と言えば「あいよ」という返事と共にヒューは元来た道を歩き始めた。
はぁとため息をつきながら己の手を見た。不意に思い知らされる性差に嫌気がした。
「ミナトー?」と少し離れた所からこちらを振り返り声をかけるヒューに「すぐ行く!」と返し釣り竿と餌の容器を急いで掴み小走りにヒューの元へ向かった。
……とりあえず、もう小さい頃のようにヒューと腕相撲しない方がいいなと昔の栄光を心の奥底にしまった。



006 ポラロイドカメラ
小さい頃、父に買ってもらったポラロイドカメラをそれはそれは大層気に入りなにかあればすぐ写真を撮っていた時期があった。シャッターを押せばすぐ出てくる写真を見てはにんまりと笑い、写真下部の白いスペースに下手くそな字でその時の事を書いては満足で鼻を鳴らしていた。
そんな写真をどうやら母が綺麗にアルバムに綴じていてくれたらしく、実家に帰った時「こんなの見つけたわよ」なんて言って渡してくれたのだ。
アルバムのページをめくりながら思わず苦笑が漏らす。写真の内容はあまりにも雑多なうえ所々ピントが合っていないものも多かった。書き込まれているメモも「はな」やら「はんばーぐ」など見れば分かるような事しか書いていない。我が幼少期ながら意味が分からない。
ククッと笑いを噛み殺しながら更にページをめくっていけば見慣れた青に思わず手が止まる。それは幼いヒューの写真。ぷにぷにとした肌にまん丸な瞳、紅葉のような形の小さい掌をこちらに向けながら楽しそうに笑っている。
懐かしさに顔を綻ばせればがちゃりとドアが開く音。
「ただいまー」という声に「おかえり」と返しながら振り返ればこちらに歩いてきたヒューに「なにしてんの」と聞かれた。

「実家帰ったらアルバム渡された」

「アルバム?」

真横まで歩み寄ってきたヒューがミナトの手元を覗き込み「うわっすげー懐かしい」と声を上げた。
「見る?」とアルバムを差し出せば「見る」と受け取られる。
ペラペラとめくりながら「懐かしいなー」と感嘆を漏らしていたが途中でピタリと止まる。
「どうしたー?」と聞けば「小さい頃のミナト」と一言ページを開いたままこちらに見せてくる。見れば幼い頃のヒューと自分が笑顔で写っていた。
添えられていた文字に母が撮ったものかと思うのと同時にそういえば久しくヒューと写真を撮ったことがないと思い出して「この写真みたいに今写真撮らない?」と聞けば「えー」と渋る声。そんなヒューなどお構いなしに立ち上がり肩を掴んで近くに寄せスマートフォンのカメラを起動しこちらに向けて「ほら、はいチーズ」と促せばやれやれと言わんばかりにため息をつきつつもピースサインをしてくれる。
ピロンという間の抜けた電子音と共にシャッターがおり、確認すればニヤリと笑う女と少しむすっとした顔でピースサインをする男。
2人でアルバムと見比べ、思わず吹き出した。

「ヒューはゴツくなっちゃったねぇ」

「ミナトこそなにこの笑い方」

大笑いしたがなんとなくその写真が気に入ってしまって、こっそり待ち受けにしてしまったのは内緒だ。



007 毀れた弓
仕事を終え家に帰れば中からぎゃあぎゃあと騒ぐ声がした。なんだなんだと急いで靴を脱ぎ足早に居間に向かえば何かを囲むように座るミナトとトビーズの姿。
「どうした?」と聞けば3人はぐるんと勢いよくこちらを向き、瞬間ガバッと音がしそうな程の早さと力強さで俺の肩を掴んできた。

「ヒュー助けてくれ!」

「ヒューコレナオシテー!」「コワレター!」

耳元でギャンギャン叫ぶ3人に「分かったから落ち着け!」と注意し落ち着かせ「で、なにが壊れたって?」と聞けば差し出されたのはおもちゃの弓矢。
「駅近くのデパートでやってた福引きで当てたからトビーズにあげたんだけど遊んでたら紐が切れてな……」とため息をつきながら説明するミナトと「コワレター」「ナオンナイカナー?」と少ししょんぼりした様子のトビーズを交互に見てからもう一度弓矢を見る。
幸い紐が切れただけで本体のプラスチック部分に損傷はなく紐さえ変えれば直るだろうと弓矢を受け取りその場にどかりと座り込む。同じようにしゃがみ込んだ3人に「代わりの紐は?」と聞けばたこ糸と鋏を渡された。たこ糸は先がとてもほつれていて、多分3人で苦労してたんだなと苦笑してしまった。
ほつれてしまっている部分を切り除いてからたこ糸を適当な長さで切って、片方の先を弓の上部に堅く結ぶ。もう片方の糸の先を軽く結んでは弓のしなりを確認し長さを調節してここだという所で堅く結び、余った糸を切り、終了。
5分と掛からず直し終え「はい」とトビーズ達に渡せば「おおー!!」と3人がパチパチと手を叩く。
「ワーイ」「ヒューアリガトー」と喜ぶトビーズを見ていればミナトが「ホントヒューは器用だな」と笑い「ミナトは変なとこ不器用だよな」と返せばうっと苦虫を噛み潰したような声が聞こえた。



008 パチンコ
ミナトはあまり賭博の類はしないタイプだったが暇つぶしにきたゲームセンターでやっている音楽ゲームが混んでいるとメダルゲーム用にされたパチンコやスロットをする事はたまにある。そしてすると言っても一回200円程度しか使わない。

どうしてこうなったんだろうかと軽快な音をたてながら回り続けるメダル式パチンコを見つめながら思った。いつもは俺よりも仕事が終わる時間が早くいつも先に家にいるミナトが珍しく俺の仕事上がりの時間と帰りが近いらしく、合流して晩飯はどこかに食べに行こうということになったのはその日の朝のこと。
しかし仕事のトラブルで少し遅れることになってしまいミナトに謝りのメールを送れば「じゃあ駅前のゲーセンで時間潰してる」と返信が来て、なるべく急いで仕事を片付けゲームセンターに着いたのは20分前のこと。
現在、リーチと大当たりと確率変動をひたすら繰り返すパチンコを俺とミナトは見つめていた。スロットが当たり、そのボーナスで落ちてきた玉が更にスロットを回転させまた当たるという連鎖により帰るに帰れなくなったミナトは無表情でじゃらじゃらと落ちてくるメダルを片手でカップに移していく。もう片手は何故だか俺の服の裾を掴んでいて飲み物を買いに行くことすら出来ない。

ため息を噛み殺しミナトを見ればこちらを向いたミナトと目が合った。いつもは飄々としている顔が不安そうな瞳でこちらを見ていて思わす胸がドキリと跳ねる。「ちゃんと待ってるから」と言ってやれば少し安心したのか「ごめんな」と苦笑。
長年一緒にいてもなかなか見れない顔が見れた喜びとこんなしょうもない事で見れてしまった何ともいえなさにふぅと息を吐く。2つ目のカップがメダルでいっぱいになった。いつ飯を食いに行けるのだろうか。



009 かみなり
20数年生きてきたヒューには己の中で修羅場に分類される事がいくつかあった。その中の1つにミナトに「制服交換しないか」と提案され首を横に振ろうと押し切られミナトのセーラー服を着ることになってしまったというものがある。
既に身体が出来てきた時期であった為セーラー服から伸びる手足は女性のそれとは全く異なり正直なところもの凄く似合わなかった。それはいい、むしろそれでいい。
しかし彼の悲劇はその姿を丁度家に帰ってきた妹に見られたことであった。その時のヒューは漫画であれば背景で雷鳴が轟いているような表情だったと後にミナトは語る。
混乱と羞恥で顔を真っ赤にしながら妹に言い訳をするヒューの必死さに妹は逆に顔をひきつらせていたし、ミナトはあまりにも必死なヒューに申し訳なくなったのか「いやでも、なんだ、案外似合うぞ?」なんて外れたフォローをしたりとヒューの部屋は大混乱を極めた。
高校2年の春の出来事であった。



010 トランキライザー
「トランキライザーって特撮ヒーローの名前っぽくない?」となんとなく思ったことを口に出しただけだったのだがヒューは酷く怪訝な顔をしてミナトの額に手を当ててきた。
ビックリして固まっているとヒューは読んでいた雑誌を机に置いて立ち上がり台所の方に歩いていった。数分後、戻ってきたヒューの手にはミナトのマグカップ。手渡されると中に入っていたのはホットミルクで一口飲んでみればいつものように温めただけではなく蜂蜜が垂らしてあるのか少し甘い。
よく分からないままちびちびと飲んでる間にヒューは布団を敷き始めてマグカップの中身が無くなるとマグカップは私の手からするりと抜き取られそのまま布団に転がされ寝かしつけられた。
「なにこれ」と聞けば「いいから寝ろ」と怒られた。なんなんだ一体。そんなに変なこと言ったか私は。



011 柔らかい殻
傷口に卵の薄皮を貼るという民間療法がある。その昔ミナトが足に大きな擦り傷を作った時にそれなら試してみようと言うことになった。
朝食の目玉焼きに使った卵の殻から薄皮を取り軽く水で濯いだものを傷口にあてその上にガーゼを乗せテープで止めるだけの処置だったがミナトに「確かに治りが早いかもしれない」と言わしめる効果だった。
しかし治癒経過時の状態も凄いものでヒューが「もう二度としないでくれ」と顔を青ざめさせ目頭を押さえながらミナトに訴えた為この療法が使われたのはこの一回のみであった。




012 
ガードレール





013 
深夜番組
久々の休暇に友人でありバイク愛好仲間であるヒューと会う約束をしたのは2週間前。手土産を持ってヒューの家に行けばヒューは「マコト久しぶり」と快く出迎えてくれた。

「ちょっとうるさいかもしれないけどゆっくりしてくれ」

「うるさい?なんかやってるのか?」

聞き返しながら靴を脱ぎヒューについて居間に向かうとそこにはミナトと学ランを着た2匹のクマ……もといトビーズ。

「ヤレヤレダゼー」「オラオラダゼー」

「無駄無駄無駄ァ!」

なんとも奇妙なポーズを決めるミナトとトビーズを目を白黒させながら見ているとヒューが「トビーズが最近やってるアニメにハマったらしくて」と苦笑しながら教えてくれた。こちらも苦笑しながら「それにしたってミナトもノリノリだろ」と返せば「まぁミナト前からファンだから」押入ん中に漫画全巻あるぞと押入を指しながら言われまた苦笑。

「因みにトビーズの着てる学ラン、サイバーに作ってもらったらしいよ」

「サイバーもか……」




014 
ビデオショップ
こう……なんだ、見る予定なくてもたまたまそのコーナーの近くを通った時になんとなく見たくなる時とかあるだろ?そうそう古いアニメとかさ。
私もそうだったんだよ、別のDVD借りに来てたんだけどたまたまホラーコーナー前通ったらちょっと見たくなっちゃって。しかももう1枚借りたら半額だって言うしさ。
いや確かにホラーはそんな得意じゃないよ。でもこうたまに見たくなるというか。好きと得意は違うというか。
スプラッタ系はそこまで苦手じゃないんだけどな。和製ホラーがどうもな。
え?じゃあなんで和製ホラー借りてきたのって?いやほらそれはさっき言っただろ好きと得意は違うんだって。
でもやっぱり得意じゃないから1人で見たくないというか、なんというか……

「……はい、正直に言います、怖いんで一緒に見てください」

「ホントなんでそう言って毎回寝れなくなるって知ってるのに借りてくるかな」

袋からちらりと覗く有名なホラー映画の3作目だかのDVDを一別して、ヒューはため息をついた。この流れはどう考えても見終えてから一緒に寝てくれと言われるパターンだ。4回目だから間違いない。
それはヒューにとってホラー映画よりも恐ろしく過酷な戦いの幕開けであった。



015 
ニューロン
「私の脳みそん中が見れたら、多分ヒューだらけなんだろうな」

唐突なミナトの言葉に俺は目を丸くしてミナトを凝視し「なに、新手の告白?」なんて口走っていた。だけどミナトは対して気にした様子もなく「だって思い返しても小さい頃から今に至るまで大体いつもヒューと一緒にいた思い出しかないんだぜ?」と返され思わずあぁそっち……とほんの少し落胆した。
ため息をつきながら「そんなこと言ったら俺だって頭ん中ミナトだらけだよ」と言えばミナトはこちらを見ながら目をぱちくりと瞬かせ次の瞬間ふにゃりと笑った。

「なんか言われると照れるな」

それは俺の台詞だバカヤロー。







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