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 咽るような暑さの中でまな板と向き合い、包丁を握りながら玉ねぎを切っていると、たらりと涙が流れてくる。ああ、これは玉ねぎを切ることで、細胞が壊れ、中にある物質が壊れ合って、混ざり合って、細胞の中から硫化アリルという物質が出来てしまうので泣いてしまうんだと冷静な頭は考えた。だから泣いてしまうのは仕方のないことで、泣いているのは、けして、どうしようもない、遣る瀬無さや圧迫感から来るものではないのだと言い聞かせた。
 出来るだけ長い時間を掛けて、玉ねぎをみじん切りにして、冷蔵庫からミンチ肉を取り出し、卵とパン粉と一緒に混ぜ合わせる。今日は、昨日、カリムが食べたいと駄々を捏ねていたハンバーグを作る予定だ。別にアイツが食べたいものを強請るのが珍しいから従っているわけじゃない。毎日どんなものを作ろうか考えるのが正直面倒だから、もうハンバーグで良いか、となってハンバーグを作っているのだ。カロリー的にも栄養学的にも今週の献立の一つとして数えても問題はない料理だ。寝かせる時間は省き、肉を混ぜあわせ、フライパンで焼く。じわじわと簡単に中まで火が通る。意外と簡単に出来そうだ。肉が焼けたら肉汁を使いソースを使い、熱いうちにサラダとパンと共にカリムの部屋まで運んだ。
 
 普段は談話室で豪勢な夕食を召し上がるカリムサマだけれども、今日はあいにく、終わっていない宿題に頭を悩ませているので、自室で食べて貰うことになっている。俺がいない間、どれだけ進んだが見物だが、予想通りに行くとほとんど進んでいないだろう。ただ、「夕食の支度をしている間は面倒を見れない。出来るだけ進めて欲しいんだ」とお願いしておいたし、返事の勢いは良かったので、一生懸命熟そうとした跡だけは残るだろう。なんにせよ、根は愚直なまでに誠実で嘘を吐かない男だ。お願いされたことを、眠気にまけて破っているとは信じたくはない。
「カリム」
「じゃ、じゃみる〜〜!! 教えてくれ〜〜」
 案の定、泣きついてきたがノートに描かれた筆跡から、何度か消しゴムで消したのが読み取れる。答えはまるで合っていないが、まぁこれくらい頑張ったのなら及第点か……と思い、軽くため息を吐きだした後、要点だけを伝え教える。カリムはうんうん! と首肯したが、次の瞬間、首を傾げ、少しこちらを苛つかせるが、まぁこれくらいだったら許容範囲だ。もう少しヒントを出すと「なるほど!」と言って答えを書き始めた。良かった良かった。俺がやった方が早かったんだが、なんでも答えを教えてしまうとカリムの為にならないからな。アジーム家の跡取りが留年なんて恥さらしな事になったら最悪だ。
「よし、出来たな。まだ課題は残っているが、冷めない間に食べろ」
 机の上に散らかった教科書を片付け、綺麗に拭いたあと、食事を配膳する。カリムはまったました! と言わんばかりに目を輝かせた。
「やっと終わった〜〜! あ、ハンバーグだな」
「お前が食べたいって言ったんだろ。残さず食べろよ」
「ああ! ん? ジャミル」
 食べようとしたカリムの手が俺に伸びる。顔に手入れされた美しい指先が触れる。避けても良かったのだが、避けた方が面倒になりそうだったので、そのまま触らせた。
「もしかして泣いたのか? な、なにか辛いことが!?」
「馬鹿か。玉ねぎ切ってたせいだよ」
「玉ねぎ切るとなんで泣いちゃうんだ!?」
「はぁ」
 いいから食べろと言い、どうして玉ねぎを切ると涙が出るのかカリムに説明したが、分からなかったようで、これ以上詰め込むと、今日の課題が出来なくなるな……と判断して適当に話を濁らせた。まさか泣いたことに気付かれるとは思わなかったが、どうでも良いことに気付いても面倒が増えるだけなので止めて欲しい所だな。
 泣いたのは、玉ねぎのせいだ。そう、決して今にも破裂してしまいそうな胸の痛みが湧き出したわけでもない。涙などに気付くのなら、どうして笑っている俺の下に蔓延る気持ちの渦にお前は鈍感でいられるのだと。そう言いたくなったのだって気のせいに違いないのだ。