昔馴染みたいな顔をして笑いあっていれば、お前が安堵するって心のどこかで知っていた。分かっていながら、僅かながら意識して接した。いや、実際問題、俺とコイツの波長みたいなものが妙にあって、少しばかり浮かれた気持ちで、まぁ良いだろうと深く考えることを停止して、甘やかすように接していたのは事実だ。
どれだけ多くの仲間に囲まれたとしても、本来ならばコイツが享受するはずだった世界はすでに消えて果ている。だからこそ、まるで昔ながらの知り合いのような顔をして喋っていると、驚くほど素直に表情を変える。このジャラジャラ王を見るのが好きだったんだろう。

「お前なぁ、腹の傷が塞がってねぇのに無理すんなよ」
「あっ! 見つかっちゃったか……」
「いや、ちゃったか、じゃねぇよ」
見回りも兼ねて早起きしてみると、中庭で早朝から筋トレに励むソロモン王の姿が見えた。思わず呆れ気味に声をかける。先日、ニスロクに連れられて帰ってきたかと思えば、腹に穴を空けてきた。お前と今回同行した付き人の警戒心はどこに置いてきたんだよ! と怒鳴りたくなったが、俺が怒鳴るより先にブネが叱咤しガープが小言を述べていたので、その声は行き場を失った形になった。
なんでも、新たに仲間になったというアマゼロトがソロモンの警戒心の無さに警告を鳴らすような形でつけられた傷らしい。
短い期間とはいえ、旅に出ていたソロモン王との久しぶりの夕食会で、ちゃっかり横に腰かけ、思い出話を聞いていたときには腹に傷について「勉強になったよ」みたいな感じで、能天気にコイツは話してきた。
わかってんのか、てめぇの代わりはいねぇんだぞ! と恐らくコイツが避けられなければ死んでも構わない程度の気持ちで付けられた傷跡を見て、結局のところ小言が漏れた。ジャラジャラ王からすれば、数時間前にこってり説教を食らったばかりなので、ウンザリというのが表情から見て取れた。
少しばかり気が立っていたのだろう。唇を窄めながら「バラムだって中身になる前は色々あっただろう。そこを掘り返しても仕方ないじゃないか。それに自分自身の不甲斐なさを含めて、本当に勉強にはなったし、俺自身が強くなれば作戦の幅も広がるじゃないか」なんて言ってきた。
珍しく真正面から反論されたというのもあるだろうが、なんだか能天気にすっかり友達面して喋りかけている自分のことを、後頭部からフライパンで殴られたような衝撃が襲った。ガーンってやつだ。効果音で表すと。
急に自分のことが恥ずかしくなるような、振盪が身体全体を包み込んだ。その時は、口八丁で乗り切ったが、夕食を終えると、そうだよ、なに仲良くなった気でいるんだ。もっと冷静になれよ。
今はいいさ。そうやって呑気に構えていれば。コイツと俺の目的が一致している間は。コイツがその他大勢のヴィータみてぇな歴代の指輪保持者みたいにクソにならなければ。俺にとって都合が良い、ようやく認めることが出来たソロモン王として機能しているのならば。
けれど、もし、万が一、コイツと俺の思想が別れたり、コイツを殺した方が円滑に回る様な事態になれば俺は、殺せるのだろうか。俺が知らないところで傷をしてきたくらいで、叱り飛ばしてやりたくなるほど、心配してしまうというのに。
殺せるのだろうか。鎖で拘束してナイフで喉を掻ききってしまえるのだろうか。
それこそ、今更な問いかけだった。
散々、ソロモン王が愛してきた世界を、俺が優先すべき理想の為に切り捨ててきたというのに。友達面して横に立ち、ではサヨナラと腹に穴を空けてやることが出来るのだろうかと問われるなんて。
なぁ、俺。
できちまうんだろう。それが正しいと感じながら。必要だと割り切れたのなら。今はさ、こんなに心配して、お前を傷つけた新規メギドのこと殴り飛ばしたいと思ったりしてもさ。
お前は俺に殺された時になんていうよ。どんな顔をするよ。今度こそ、絶望してくれるんだろうか。それこそ笑うんだろうか。本望だと、いいだけな顔で。
仲間内の誰かに殺されるなんて妄想も、きっとアイツの尾花畑か脳みそじゃ考えていないだろうけれど。無意識のうちに心のどこかで覚悟はしてるんだろう。そういう、思考するより自然と心の準備が出来てしまう奴だ。
自分の理解が及ばない行動をとられたところで、きちんと整理して、対応しようとするだろう。そういう所も好ましいと思ってんだぜ。
平々凡々なヴィータなら、常識の中に閉じ込められ、その中から出た途端、まるで敵対するかのように見下したりするものだけれど。こいつはそういう所は持ってねぇから。
ああ、なんだか、笑いそうな気がするな。俺に殺されたも。他のメギドに殺されても。それが世界の為になる様な男なら。なぁ、お前さ、メギドは個を大切にする生き物だけど、ソロモン王としてのお前はまるで個をなさないように生きてるみたいだ。だからこそ、理不尽に怪我をしても、殺されても、受け入れられるのだろう。
そういう所を好ましいと思いつつ、お前の個の無さが、虚しくもあるんだ。


「バラム、どうしたんだ。なにか様子が可笑しいけど」
話しかけたは良いものに、腹の傷をみてつい先日抱いた疑問を思い出してしまい会話がとまった。不審に思ったソロモン王は俺の顔に手を伸ばし尋ねる。大丈夫だという意味で、伸ばされた手を軽く振り払った。
「お前も筋肉もりもりになるつもりなのかよ」
「え、いや、それはどうかな。なれるものならなりたい気はするけど。ハックの修行についていくのは無理だし。それに筋肉がつきにくい体質ではあるんだよ。これだけ旅をしたら自然と鍛え上げられても良いのに、村に居たころとあまり変わらないし」
「あ―ーそりゃそうかもな。じゃあ、ずっとヒョロヒョロ王のままか」
「なんだよ、その言い方!」
貧相な体に手を伸ばし触れる。
腹の筋肉と確かめるつもりで撫でると、完治していない傷に触れたのだろう。眉間に皺を寄せ表情が歪んだ。ワザと傷口に指先を押し付けると「いた」と声が漏れ、睨みつけてきた。
「バラム!」
「わざとだけど」
「開き直るなよ」
「意外と直りが揃いな。ぜんぜんじゃねぇか」
「かすっただけなんだけど、アマゼロトの剣先が思ったより鋭かったんだ」
「ま、ひ弱なことは変わりねぇな。なんだったら俺が鍛えてやろうか」
「バラムが? なぁ、確かに筋肉質だよな。顔に似合わず」
「てめぇ」
怒ったような声色を出すとソロモン王は笑っていた。
あ、あ―ーあ、また友達みてぇな会話をしてしまった。


なぁ、お前がどんな死に方するか知らねぇけど、俺らってこんな距離感で別にいいよな。
なぁ、同じような感じでさ。ある日、俺がお前の事見限って殺してしまったら、許すんじゃねぇぞ。頼むから。裏切られたって顔して、悲しんでくれよ。俺は、きっとその顔みたら、すげぇ後悔するからさ。そうして、ソロモン王じゃなくて、お前個人の気持ちを手に入れたんだって、最後に特大の感情を食らってさ。走馬燈みたいに、こうした何気ない日々の映像が流れて。俺も似合わない涙流してやるから。
こんな感情知りたくなかったっての。殺したら(死んだら)悲しむ相手が出来るなんて、生まれて初めてのことなんだよ。