自分じゃどうすることも出来ない無力感を味わい地面に膝をつくヴィータを良く見てきた。別段珍しい光景じゃない。穏やかな世界で生きていていても、絶望する機会なんて人生には山のように散りばめられている。終末が近づいてきて、ハルマゲドンが近いなんて噂が立ち始めたころには祈ることすら止め、蹲り泣き喚き、最終的には息をしているだけのヴィータの姿なんてのは、辺境では当たり前の景色になっていった。
 ヴィータは弱い。弱っちい。下等生物だとバカにされても仕方がない生き物だろうって俺は思っている。力もなく身体能力的に優れている訳でも、頭脳が飛びぬけて発達しているわけでもない。文明で言うと俺たちの何百年もあとの世界を平然とした顔で生きている。そういう奴らだ。けれど、それを攻めようとか思わない。どうでもいいってわけじゃねぇ。現に俺はもうそんなか弱いヴィータに生まれ変わっちまっているわけだからさ。当然、元々メギドだった俺の方が生まれながらに優れているのは事実だけど、弱い弱いと馬鹿にしながらも、同じ場所で息をし続けるしかないのだ。
「……バラム?」
 弱いヴィータを代表する男が俺の名前を呼んだ。呼びかけられた声色に反応して顔を上げると想像していたより顔が近くにあり、思わず息が止まった。間近で見ると良く分かるな。目が少し腫れている。泣いたのだろうか。いや、単に寝不足か。そう簡単に泣くような可愛らしい男じゃないことくらい俺は知っている。
 弱いヴィータなのに、コイツは弱さを見せない。幼いがゆえに過ちや感情の揺れが表情に現れることはあるけれど。無気力感を味わい地面に膝をつかない。どうしようもない時こそ、思案して多少強引なやり方でも結果を残そうとする。泣き喚き絶望感に舌を噛むくらいなら、最後まで走り抜けようとするような奴だ。ただの、弱いヴィータがどうしてここまで強くあろうと出来るのか不思議に思う時がる。それは、ソロモン王だからだ、の一言で片づけられてしまって良いものなのだろうか。
 お前、大丈夫か。なんて、優しいけど残酷な言葉を投げすててやりたくなる。言わないけど。なんでって、そんな言葉、もし俺がコイツに投げられたら殴り返している自信があるからだ。大丈夫とか、大丈夫じゃねぇとか、そんなの関係ない。ただ、大丈夫であろうとするしかないのだ。
「最近、寝れてねぇの」
「え、寝てるよ。あ―ー目が腫れてるのはあれかな。激辛料理の研究をしててさ」
「ばっかじゃねぇの。適当に作っとけよ」
「そういうわけにはいかないよ。けどさ、辛すぎて自信がないんだよね。バラム味見してみる?」
「絶対嫌に決まってんだろ」
 そう言ってソロモン王のおでこを人差し指で突いた。眉間によった皺を手で広げてやると、口角を上げて笑う。屈託のない笑みを相変わらず簡単に浮かべる男だ。作り笑いじゃないから性質が悪い。作り笑いだったらそれこそ、失笑して俺も返してやるのに。
 弱音を吐かない強い所に惚れた。メギドラルを止めて見せるという、その意思の強さに。お前を動かしているエネルギーそのものが好ましい。
 けれど、たまに思うんだよ。
 コイツも普通のヴィータみたいに泣いて絶望して、もう嫌だって逃げ出してくれたらいいのに。そしたら、俺はやっぱりお前も、そこらへんの弱いヴィータと変わらないのかと思いながらも、なんだか、安心した気持ちになれるのにさ。