「ここで死んどきな」
短剣で幻獣に一刺しすると、唸るような怒号を響かせたあとに、その巨体を支えていた体の機能は停止し、地面に倒れ込んだ。強敵には違いないがヴィータの力と今の面子を考えれば倒すにはそれほど労を要する相手ではない。
「ガープ! 留めをありがとう」
「礼を言われることではない」
「いや、いつも機転を利かした隙をついた反撃のお陰で助かっているからさ」
「ふん。それよりも、報告にあった幻獣は今の個体で間違いないのか」
「ああ、シバから要請があった幻獣に特徴が一致している。問題ないよ」
ヴィータはシバの女王の報告にあった幻獣の特徴を口にした。獅子のような身体には五つの頭がついており、そのどれもが鋭利で大剣のような牙が伸びている。頭ごとに、牙が持つ毒が異なり様々な異常状態にさせられる為、回復要因を連れて行くように命じられたとぼやいていた。
「そうか」
「ああ、お疲れ様。手早く済んで良かったよ」
「この面子で戦うのも慣れたものだからな」
今回のメンバーは初期から旅をしてきた面々で固めてある。そこに、回復要因の追加としてアンドラスが加わっていた。ヴィータのフォトンの配分も慣れており、珍しくミスが少なかった。まだまだ甘い所はあるが、わざわざ口を出す程の失態ではない。
「ねぇねぇモンモン! 絶対、キノコがあるからさちょっと採ってくるね」
甲高い場違いな声を響かせて、鳥頭の女がこちらの静止など聞かずに飛び出して行った。声をかけるだけ成長したと評価を下しても良いのだろうが、この面子だと自動的に面倒を見ることになるバルバトスが肩を落とし、ため息を吐きだした。
「まったく、しょうがない子だよ……まぁ、今回はキノコがありそうな山ではあるけど」
当たり一面を見渡すと、紅葉した紅葉に覆われていた。太陽の光が僅かに漏れ出し、様々な色が重なり合って見える風景は秋の訪れを見ることが出来る。キノコの群生地があっても可笑しくない山ではある。
その風景は何時まで見ていても飽きることが無さそうだ。紅葉が風に揺られ、俺の前にぽたりと落ちた。
ふと、イーナの顔が脳裏を過った。アイツは四季というものを楽しむのは得意そうな女だ。雪が降ると「厳しい季節になりましたけど、小窓から眺める雪はとても綺麗なんですよ。あたり一面が静かになって私は好きです」というし、雪が解け、角ぐむようになると「風が気持ち良い季節になってきましたね。そろそろ、街の噴水近くにある花々が咲き始めるころなんです」と言ってくる。
俺には理解できん感性だ。季節など、あっても邪魔なだけだ。一層のこと、一定の気温を保ったままでいれば、生きるのが楽になるというのに。巡りゆく季節は、痩せ細った地であるほど、適応していくのに力がいる。ならば一層のこと、ヴィータには四季など無い方がよほど生きやすいというのに。冬場の悴んだ指先も、夏場の流れ落ちる汗も、あの女は愛おしそうに語る。まるで、すべての物事に対して、愛しさを持つかのように。どんな場面でも前を向くことを忘れはしないその唇から紡がれる言葉の強さに、たまに、呆気をとられてしまう。
この景色を、イーナが見ればどう口にするだろうか。足元には先ほど倒したばかりの幻獣の死骸が転がっているが、視線を少し上げれば思わず息を飲む焼けるような紅葉に包まれた絶景が広がっている。幻獣を恐れはするだろう。それでも、美しいことを美しいと感じることをきっと、あの女は辞めないのだろう。
色鮮やかな、息を止めるような紅葉を、見せてやりたかった。
「見事だね。まるで斜陽した夕日のように美しい紅葉だね。今にも落ちてきそうな木々の揺れがなんとも幻想的だ。ねぇ、ガープもそう思わないかい」
「なぜ俺に振る」
「いやいや、珍しく眺めているみたいだったからさ。綺麗と思ったのか、もしくは、見せたい人でもいるのかと思ってね」
「ふん、くだらん。そもそも見せたい奴が居たからと言ってどうだというんだ」
図星を指され思わず口にせずとも良いことを漏らしてしまった。案の定、吟遊詩人は腹立つほどに口角を吊り上げ、何気なしに告げた。
「綺麗なものを見た時に、見せたいと思ったならそれは君にとってとても愛しい人なんだろうね」
囃すようにでもなく言われてしまうと、言い返すことなど出来ず、俺はただ「くだらない話をする暇があるなら、あの鳥頭を捕まえてこい」と怒鳴ることしか出来なかった。