秋に見る稲穂畑を思い出すような、金色の双眸は先ほどまで険しい顔をしていた癖に、こちらと目線が合うと柔和そうに表情を崩した。
バラムは自覚が無さそうだけど、こんな風に気を許した顔を見せられるのも、俺はすっかり慣れてしまった。以前なら始終薄く張り巡らされていた膜のようなものが、俺に対しては今は綺麗さっぱり消え去っている。
口が悪くてすぐに言い争いにはなってしまう所は変わりないが、そうして言い争いをするのも俺は嫌いじゃない。寧ろ、楽しんでいる節もある。なんだよ! って思って腹が立つことだってあるけど、それでも、翌々考えたら、なんだかんだいいながら俺のこと考えてくれた言葉だったりするのかな、と時間を置いたら考えられたり、素直じゃなかっただけなのかと、聞き流せる時だってあるくらいだ。
吊り上がった口角が愉快そうに「よぉ、なにしてんだ召喚者」と声をかけた。長く地面をズリそうな鎖を靡かせながら軽快な足取りでこちらに向かってくる。
「買い物だよ。そういうバラムは?」
両手いっぱいに抱えられた果物が入った紙袋をバラムに見せる。今日は帰ったらフルーツタルトをアジトで焼く予定だ。本当は特に予定もなかったので、休暇も兼ねて寝て過ごす予定だったが、風呂上りにふと、台所の机の上に置いてあったお菓子のレシピ本を見て読み耽って以降予定が変わり、フルーツタルトを作ることにした。冷蔵庫を覗いても貯蔵はなく、朝市に買い出しに来たところだった。
「さっきまで飲んでた。いや、正確には明け方までだな。正義の彼女が飲んだくれて動かなかったから、アンドレアルフスと家まで送りつけてきた所だ」
「はは。マルコシアスの酒癖が悪いって噂は本当なのか」
「悪いっていうか、まぁ、な。と、いうか、護衛くらいつけろよ」
話の方向をいきなりぶつ切り、バラムは不機嫌そうに唇を尖らせながらこちらを見てきた。その双眸には僅かばかりの呆れと、なんだか拗ねているようにも映った。
「大丈夫だよ。朝市に起こすのも悪いしな」
確かに前日から頼んでおけば、皆、俺が出かけるとなれば誰かしら人員を割いてくれるだろう。早起きだってしてくれると思う。それでも、朝市にフルーツを買い出しに行くという用事だけで付き合って貰うのもなんだか悪いな、と思って誰にも声をかけなかった。
「そういう問題じゃねぇだろ。平和ボケかよ。やられても知らねぇぞ」
「そんなに言うことじゃないだろ。う――ん、けど、悪かったよ。確かに無防備すぎたな」
「自棄に素直じゃねぇか」
「いや、バラムがいたら頼んでたのかもしれないなって思ったからさ」
「なっ」
金色色の双眸が大きく見開かれる。マフラーに埋もれた首からゆっくりと肌が紅潮していっているのが見て取れた。
いや、ほんとにさ。バラムがいたら頼んだかもしれないと思ったんだよ。こうして、俺が一人で出歩くことをあまり良いことだと思っていないみたいだし、後で小言を言われるならっていうのもあるけど。バラムは嫌なことは嫌だと言ってくれるし、早起きして朝市に付き合ってほしいなんていう頼みも、なんで俺がとか言いながらも、朝起きたらゲートの前で待っていてくれるだろう。勿論、他の仲間たちだってお願いすれば引き受けてくれる面々ばかりだが。そういうのを除いても。言いやすいんだよな。バラムって。
「ほんと、お前さ」
「うん。だから今度はお願いするよ」
「クソっ」
バラムは小さく小言を言ってきたけれど、その後も買い出しに付き合ってくれた。初めは「絶対に荷物は持たないからな」と言っていたのに、両手で抱えきれなくなってくると、店員から渡された袋を俺が受け取る前に受け取ってくれた。焼きあがったタルトは一番大きなところをバラムに上げるから食べて欲しいというと「受け取ってやらなくもないかな」と言いながら、笑っていた。