図書室で借りた本を片手に遊戯室で読書を嗜んでいた。帰郷するには次の遠征までの日程を考慮すると慌ただしく、じゃあアジトに居て時間でも潰すわ、と昨日の間に借りておいたものだ。個室ではなく遊戯室で読むことを選んだのは、どこか賑やかな声色で溢れる空間に居たかったからなのかも知れない。
「ウェパル、こんな所で本を読んでるなんて珍しいな」
 顔を上げるとポータルから出てきたソロモンに声をかけられた。抱き抱えられた紙袋には仲間に贈るプレゼントを作るのだろう。一見、無差別なガラクタの塊を持っているように見える。方向性が定まっていないから、店頭で買い付けてきている筈なのに、店主はこの客が一体、なにを作るか想像できなかったに違いないと思うと、少し面白かった。
「おとぎ話なんて、カノジョ可愛い本読んでるじゃん」
 背表紙から私が読んでいる話の内容を推測して、にやけた腹が立つ肉声が聞こえた。頭からぶら下がる鎖を靡かせながら、さも当たり前のようにソロモンの横にいたバラムがいう。可愛い本という揶揄に死ね、という意味合いを込めて睨みつけると、両手を上げて「はは、ごめんごめん」と小さく謝罪を述べられた。
「私がどこでなにをしようといいでしょ。それより、アンタ一生懸命作りすぎて、遠征当日に体調崩さないでね」
「分かってるよ。ありがとう」
 別にお礼を言われることは述べていないので「別に」と呟くように述べ、軽く首を振る。なんでもかんでも気軽にお礼を言える男だ。そういう所は嫌いじゃない。寧ろ好ましい所ではある。優しさの象徴を見ているような、たかが「ありがとう」という言葉の押収に過ぎないのに。温かさが滲み出ているような。そういう気持ちにさせられる。
「ほら、ソロモン。作るならさっさと始めようぜ」
「いや、バラムはなにもしないじゃないか」
「見守ってやってんだろ」
「え……」
「頼んでないって顔に書くんじゃねぇよ」
 馬鹿らしい、けど親しさが交差するやり取りを目の前で見せられた。初めて出会った時から軽い言い争いはしていたけれど、あの時とは違う。滲み出るような気心の親しさが透けて見える。
 まさか、あの出会いからここまで親しくなるとは誰も想像してなかっただろう。少なくとも私は。当然、受け入れるだろうとは思っていた。ソロモンが。愚直と言えるほどお人好しで、仲間に甘い男だから。言い出したら聞かない頑固な一面があるから。受け入れて仲間になるのはおかしな話じゃない。自然な流れ。
 けど、それ以上にバラムといる時のソロモンは。なんだか、ソロモンという顔を一瞬、忘れるような表情を覗かせる。シバの女王と口喧嘩している時にも覗かせることはあるけれど、あれは同等の立場、責任を分かち合える者同士だから醸し出すことが出来る空気だ。けど、それとも少し違うものを。バラムと呑気にアホ面出して笑いあっているソロモンからは感じ取ることが出来るのだ。
 やり取りに、距離感にそういうものを見てしまう。口には出さないけれど、それらが僅かに羨ましくある時もある。
 けど、それ以上に。いつだって心が優しいアンタが、年相応のやり取りを楽しんでいる光景が好ましく、愛おしいのだ。