お洒落して何処かへ行きましょうなんて暇はアイツとは無かった。

ヴィータの女は着飾る。
口紅を赤く塗って、頬を染めて、髪の毛はこの日の為に油で念入りに解かして。労働の時には着ない特別な洋服を着て、好きな人の前に立つのだ。煌びやかな外見を保つためのそれらの行動は、端から見れば一蹴してしまえるものね。けどね、それは、恥ずべきことなんかじゃなくて、華やかな姿とは裏腹に影では並々ならぬ努力があり、私は少しだけ、そんな風に着飾って、好きな人に会いに行くために胸をときめかせる女の姿が羨ましいのだ。
会える日を心待ちにして、少しでも良く見られたいと思う気持ちを行動に表せるところが。口には出しはしないけど。
そうね、私も、やりたかったのね。そういうことが。こうして、ヴィータに転生したから余計に、そういう普通の感覚が私にも理解出来るようになって(マナイとして凄し蓄積された記憶と、生まれ育った環境下でしか持ちえない、当たり前という刷り込みによるものだろう)アイツに可愛いってたった一言褒められたくて、そういういじらしいことを、やってみたかったのかも知れないわ。
ただ、何もしない普通通りの恰好で会っても、さも特別みたいに褒めてくれそうな気もするけれど。別にね、もう一度会いたいとか、そういう未練があるわけじゃないの。そりゃ、会って話したい気持ちが無いわけではないけれど。私はもうウェパルでありウェパルじゃない。マナイであってマナイじゃない。だから、未練があるわけでも、未だに愛しているわけでもないの。けれど、ふとした瞬間に思う出す。あの時の気持ちを情景と共に。

鏡を見る。今日はいつもの旅に出る服とは違う。アジトが出来、拠点となる場所が存在し二年経ったお祝いにと、シバの女王自ら出資し、パーティーが開かれる。日頃の功績をこれを機に一斉に讃えるのが狙いだろう。服装の指定はなかった。けれど、皆が皆、胸を躍らすかのように、お洒落をしていた。この日の為に、どんな服を着ようかとシズのような子供まで街にまで買い物をしに行った。私は両親から貰った服を着ようと決めていたから買い出しには付き合わなかったけれど。それでも、浮かれている雰囲気は伝わってきた。
「まぁまぁね」
着飾ったからと言って特別可愛くなるわけではないわ。真っ赤なドレスだから普段見慣れない色合いで少しだけ違和感があるくらいかしら。けれど、両親が選んでくれただけあって、似合っていないわけじゃない。少しだけ背伸びをしたい子どもにはぴったりの服装だ。結い上げた髪。唇は薄くリップだけを塗った。白粉を塗って、頬を染め、目に模様を書くのはもう少し早い気がして止めたのだけれど、あまりにも代わり映えしない自分の顔だから、もう少し真剣に化粧を学んで実践すれば良かったと僅かに後悔した。
けれど、まぁ、こんなものね、とアジトの部屋を出ると、偶然、目の前にソロモンがいた。待ち伏せていたとかじゃなくて、ほんと偶然。準備が終わったみたい。あの、とんでもない服装じゃなくて黒いスーツに身を包んだソロモンは、身体のラインがしっかり出ていて、正装と呼ぶにふさわしい恰好をしていた。
「ウェパル。似合ってるな」
「え」
「イメージにない色だから燃えないか心配になるけど」
「なにそれ、きも」
「ええぇ! まぁ、そうか。燃えないよね、ごめん。けど、うん、可愛いと思う」
少し照れたように吐き出された言葉に思わず息を飲んだ。そういわれた喋り方が似ている気がしたから。そんなの関係ないくらい、アンタに言って欲しかったから。どちらもね、あるのだけれど。
「そう。ありがと」
同時に少し腹が立つ。こんな台詞誰かれ構わず投げかけてるのねこの男……と分かってしまうからだ。けれども、今、嘘を言っていないこともわかる。実直なまでに素直で嘘が下手くそなで。女を煽てるような褒め方はうまくないの。けど、何気なしに告げるその言葉は単純で、少し馬鹿。それが嫌じゃない。
まるで泡沫の化粧をして着飾っている間だけ見れる夢のような言葉だ。
たった一言。なにがそんなに嬉しいのか自分でも意味わかんない。けど、言って貰えたら。それだけで、満足なのだ。