兄さんの横顔を眺めた。風が頬をかすめ、髪を靡かせた。大きな双眸が顔を出した。長いまつ毛は影が出来ていた。白い肌に艶やかな唇。黙っていれば美少女にしか映らない容姿をした兄さんにそういう路線で売り出していけば良いのではないかと提案したのは、確かに幼い頃の私だった。幼いと言ってもほんの数年前の話だ。オーディションを落ちまくる兄さんを見て、なんとか力になりたくて、知恵を振り絞った。スーパー高校生と言われた私の能力を持ってプロデュースすれば、兄さんが元々持っている武器を使い、オーディションという最初の関門を楽々、クリアできると考えたのだ。けれど、兄さんから返ってきたのは、想像していた喜々とした声じゃなかった。幼い頃、彼が私の頭を撫でてくれたように褒めてもらえると思っていたので、罵声のような拒絶を聞いて、私の心は確かに委縮してしまった。ぎゅっと搾り取られて胸の奥底が焼けるように痛くて、兄さんが言っていることは確かに正しくて、他者の心を理解できず、寄り添う事の出来ない自分が恥ずかしかった。あまつさえ、褒めてもらえると思い込んでいた自分が情けなくもあった。

「一織さ……」

私の名前を呼んだ兄の声は嗚咽に塗れていた。全力で走ったせいでしょう。肩で息をしながら兄さんは私の名前を呼んだ。そして、私からすれば唐突に、当時の私の間違った方向性のプロデュースの話をする。

「……あの時はごめんな。今、急にそう思った」

人に真っすぐ自分の気持ちを伝えられるのは兄さんの美点だ。例え、己の恥ずかしい所でも。逃げるのではなく、自分の感情を戦って兄さんは誰かに伝える努力をしてくれる。そういう兄が大好きだった。私には欠けている能力だという自覚もあった。
兄さんの話は続く。おまえなんかに、オレの気持ちがわかるかって、という言葉は中々、心にダメージを与えるものだったが、自分ではない他者の気持ちを理解する方が難しいことだ。そもそも、同じ家庭環境で育ってきて、遺伝子的にも似ている筈の私達でさえ、こうして数年越しにしか本心を知ることが出来ないのだから、それは仕方がないと、今までの私ならば割り切っていた所だろう。
けれど、違うのだと教えられたのは皆さんに出会ってから教えてもらった。理解できないかも知れない。けれど、理解することを諦める理由にはならないということに。