脂がのった太い指先が持つお猪口に酒がとぷとぷと注がれた。お酌をするその姿は慣れたもので、いつもバラエティー番組で見るような笑みを張り付けていた。モモが口を開くたびに、周囲はどっと笑い声が起こり、唇の隙間から八重歯がちらちらと見え隠れした。

「やっぱすげぇや、モモさん」
何個話題の引き出しがあるのだろうと疑ってしまうその話し方に三月は素直に感動の意を伝えた。バラエティー番組において司会をするという才能は業界でも認められ、三月自身も自分の武器だと考えている一つだが、モモのようにくるくると話題を変え、時には自分がボケながらも場を沸かすことはまだ出来ないなぁと、ビールを喉元に流しながら少しだけ悔しさを味わった。
今日はモモに呼び出され、各業界の著名人が揃う飲み会に参加していた。簡単に言えば接待というものに分類されるのだが、モモ曰く「日ごろお世話になっている人への感謝の気持ちを伝える場だよ」というのが表向きの理由らしい。勿論、裏向きの理由としては「人望はあった方がいいよ。コネクションは汚いものじゃない。立派な武器だから。三月はオレとテレビでのタイプが似てるから今日はいっぱいいろんな人を紹介しちゃう」というものらしい。Re:valeが五年もの月日をかけて築き上げてきたコネクションを簡単に紹介してしまうというのは気が引けたが、その三月の意志が透けて見えたのか「芸能界ではさ、遠慮してたら落ちて行っちゃうから。オレはIDOLISH7が大好きだし、三月のことも大好きだから、どんどん利用していってよ。そんで、三月もオレが困った時、前回みたいにさ助けてくれたりとかしたらそれでいいんだよ」とまで言われてしまったら「喜んで参加させてもらいます!」と返事するしか、回答は用意されていなかった。
実際、今まで関わり合いがなかった人と名刺交換をし、仕事も紹介された。引き受けるかどうかは事務所と相談してから決めることだが、野菜ジュースのCMをやってみないか? というもので悪い話ではないので、おそらく出演許可が下りるだろう。また、コネクションを広げるだけではなく、こうしてRe:valeのモモの話術を間近で見ることが出来るのは、とても良い経験だった。


「ありがとう、モモちゃん嬉しい! けど、真面目な話、三月ならすぐにこれくらい出来るようになるよ」
隣に座ったモモは三月の肩を組み、顔を近づかせ小さく耳打ちをした。その言葉が本音であるということが先ほどまで柔和だった双眸が鋭く光っていたことから三月は悟る。恐縮ですという気持ちと、この人は時にとてつもなく卑屈だなと冷静な気持ちが二つほど三月の中で居座った。
モモの話術は初めから天性の才能を持っていたというのもあるだろうが、それをテレビで通用するまで磨き上げるのは、相当な努力があった筈だと三月は考えていた。だからこそ、モモが三月を励ますためや先輩としてのアドバイスのつもりであっても、自分が出来ることなのだから三月もすぐに出来るようになるというのは、自分を過小評価し過ぎているのではないかと、三月はそう思ってしまった。三月自身も、どちらかというと自分をすぐに過小評価してしまい、いつもそれで周囲の人間に(主に弟である一織に)心配をかけてしまう部類だが、モモもおそらく同じような人間なのだろう。
「俺、モモさんのこと凄いって思います。尊敬してます。マジで。だから、今は出来なくてもいつかできるように頑張りますね。今日は出来るだけわざを盗んで帰ります!」
三月はモモの双眸を見てそう答えた。卑屈にならないで欲しいと言われても、元々が自己評価が低い人間にとってそんな言葉は意味のないものだと、三月は知っていた。だからこそ、ただそれが本心だというのを分かって欲しいという意味合いをこめて、そうモモに向かって声を出す。
正面から褒められ、モモはにこっと笑って必死になって照れるのを誤魔化そうとしているが、内心とても喜んでいることが三月には伝わってきて、なんだか見てるこっちが恥ずかしくなるじゃん、と思ってしまった。
「いやぁ、三月ったらほんと口が上手いんだから。モモちゃん照れちゃった。もうバレてると思うけど。うん、けど、ほんと初めからすべて出来る人間なんていないからさ、頑張っていこう」
「はい」
「けど、ほんと三月には才能あるから。それだけは自信もって。モモちゃんのお墨付きだよ」
そう言ってモモは照れを隠すかのように三月に「もっと飲め」とビールを進めた。