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どんよりとした双眸をしていたじゃないですか――と肉声を伸ばしながら吐き出してやると、あの人はにこりと笑った。その双眸にはまるで昔の泥が混ざったような色はしていなくて、俺は奥歯を噛み締める。結局、独り相撲するかのように俺だけが毒を吐き続けて、一頻り俺がいうことを無くしてしまった後で、あの人は畳みかけるかのように楽しい話を俺に振ってくる。
「モモがさ、この間、犬を拾ってきたから買うことにしたんだけど二人でコスプレごっこしてね。僕は白ラン。モモは応援団のような長い学ランをきてさ。二人でヤンキーごっこをしたんだ」とか。
心底、どうでもいい、くだらない。
つーか、何してるんですか、アンタたち……と呆れ返ってしまうようなことをさも自慢げに目の前にいる男は語ってくるのだ。
俺は聞き流すことに徹して、自分の負けを認めたとばかりに、その場を逃げるように(と、いうか、ほんと逃げているのだ)退散するのだけれど、いつも頭の隅っこに、俺の家で洗車をしていた時の男の顔が映る。
目の下に隈があって、栄養をとっているのかと疑うほど細くて、女かと見違えるほど美しい顔をしていた。髪は風に靡いてその銀色の色素がほとんどない髪はまるで人間のものとは思えなくて、髪そのものが生きているようで、ぞっとした。にこりと笑っているのに、双眸の奥底がまるで笑っていない。それなのに、美しいと思わされてしまう、その容姿が気持ち悪かった。俺は直感で、コイツの頭は可笑しいと感じ取って、男とは数度の会釈しか交わさなかった。むこうも、俺のことを「可哀想な子供だ」と思っていただろうし、俺もあの男のことを「可哀想な化け物だと」そういう風に思っていた。
ずっとお互いに不干渉だった。そういう取り決めを決めたわけではないけれど、喋る必要性など無いと考えていたし、誰かのことを気に掛ける優しさなど、俺は持ち合わせていなかったし、あの男にもなかった。悪い意味で、人との距離の取り方がどことなく似ていて、そういうことも、俺と男との間に喋ることのない溝が出来ていた原因だった。


けれど、数年後再会した男は、幸せそうな顔をしていた。憂鬱な面影など吹き飛ばすような笑い方をしていた。俺の記憶の中にある限り、この男がその白い歯を出して笑ったのは、今の相方と一緒にいるようになってからだった。テレビの中で鬱陶しいほど何度も見てきたけれど、実際に会ってみても、それは変わらずにいて、そして、他者との向き合い方も変わっていた。

「それは僕のせいじゃないね。モモのせいだよ。彼は誰とでもすぐに仲良くなるから。つい、僕もそれに引っ張られているのかもしれない。それにモモは僕に教えてくれる。僕が愛された存在なんだってことを」

と男はいった。なら以前からの友人はどうなのかと尋ねる。

「バンは社交的に見えるかもしれないけど、僕に社交的になるよう勧めてきたこともないし、実の所社交的とは程遠い所にいるのかもしれない。とにかく、僕はあのとき、バンだけでよかったから。バンもね僕に教えてくれた。誰かを愛する気持ちだ」

と、そう懐かしげにほほ笑んだ。それは昔の事を後悔していないという笑みに見えた。
あんたの都合で振り回されちゃ堪らないな、と皮肉めいたことを述べると、また余裕のある笑みを浮かべて「それは君もじゃないか」と言われてしまった。
昔の自分とは違うのだとそんなことくらい、もうすでに分かっているような気がしたが。俺がそれを認める日は程遠く、再び睨みつけて、逃げるように男の前から立ち去った。化け物が人間になったのだと男から逃げるうちに俺はそれを理解していたが、首を何度も振り、再び男を化け物としてみようとしたが、今、俺の隣にいる人間のことを思い出すと、ついに彼のことを何度思っても化け物には見えなかった。