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少しだけ暗い夢を見る時がある。ボクはその場に立ち竦んでいて、今よりも幼いあの子がベッドに横たわっている。周囲には医者と看護師が群がり、母親がボクの細い肩をぎゅっと抱きしめた。ああ、これは過去の夢だとボクはその時にいつも自覚する。幾度となく見続けている夢だ。ボクが最も無力だった日。自分の前で死にかけた弟を守ってあげることも出来ず、ただ立ち竦んで泣いてしまいそうな双眸をぐっと堪えて前を向いていた、あの日の光景だ。

「天?」
「……すみません」
名前を呼ばれて意識を戻す。顔を上げると心配そうに僕を覗き込む、百さんの姿が見えた。そういえば、今日は猫カフェに行こうと誘われ、Re:valeの百さんの誘いだから断れずちょうどオフだったから外出した。以前も百さんに連れてこられた猫カフェだった。芸能人でも利用しやすい、完全個室の室内。猫を選ぶ時だけ共有スペースまで足を延ばすのだ。初めて連れてこられた時は、つい「珍しいですね」と述べてしまった。
いつもそうなのだけれど、暫く百さんがぺちゃくちゃと他愛のない話をボクに振ってきて、それに受け答えしていた。バラエティー番組はRe:valeの百の庭と称されるほどの話術を駆使して話されるその内容は、面白く可笑しく、ついいつも笑わされてしまう。クスリと笑うと、百さんが満足そうな顔をするので少しだけ悔しくもあり、人を笑わせる会話に関して彼の右に出る人は中々いないと、その技術と才能に関心もする。
百さんはマシンガントークのように喋りつくしたあと、少し猫を満喫しよっか? と言ってお気に入りの猫を連れてきた。百さんのお気に入りは灰色のペルシャ猫で、毛を撫でながら猫専用のお菓子をあげていた。ボクは猫に興味があるわけでもないので、追加の飲み物でも注文しようと思ったんだけど、彼はボクにラグドールを渡してきた。膝の上に乗せてみてとジェスチャーされ、しょうがなく大型のラグドールを抱きかかえながら紅茶を飲んでいた。
ボクの記憶があるのはここまでだ。それから、ボクはうとうとと夢の世界へと入り込んでいってしまったようだった。膝の上にある生きているあたたかさに翻弄されてしまった。九条天として許されない失態だが、名前を呼ばれ謝罪したボクに向かって向けられた笑みはあたたかなものだった。

「疲れてる時は寝ちゃってもいいんだよ」
「センパイと外出しているわけですから」
「モモちゃんはそんなこと気にしないよ――」
「ボクが気にします」

ペルシャ猫の肉球に触りながら気楽に述べてくるので、つい少しの意地が入り強気な声色が出た。

「けど気持ちいよね。猫が膝の上にいると」

先ほど寝てしまった手前否定できなかった。猫が気持ちよいというより、生きている人間の体温が気持ちよかった。昔を思い出してしまったのはそのためだ。幼い頃、寝られないと駄々を捏ねるあの子と一緒の布団で良く寝たものだ。ボクのベッドに潜り込むのが、あの子は天才的に上手かった。どれだけ侵入されてもボクは「ダメだよ、自分のベッドで寝なきゃ」と窘めながらも、結局は同じ布団の中で寝ていた。
そんな日から随分と遠くまできてしまった。もはや、ボクとあの子は苗字も違う。戸籍さえも。同じベッドで丸まって眠った日が嘘みたいに、他人になってしまった。それは、すべて、あの子のことを思っての行動だったかと問われると、ボクはあくまでボクがそうしたいからやっただけだ、と答えるだろう。けれど、あの子の……家族の為になれればという気持ちがまるで無かったと言えばウソになるのだ。それを最近、実感した。ボクのことを「天にぃ、天にぃ」と呼んで慕ってくるあの子が、ある日突然、思い出の中から飛び出したみたいに穢れない純真さをもって僕の前に現れ、ボクのことを嫌いと口にしたのだから。
寝れないのはそのせいだろうと検討はついていた。

「もしかして最近ボクが寝れていないことに気づいてたんですか」

この人ならあり得ることだと思い尋ねると、どちらとも判断できない笑みを向けられた。そして「やっぱり眠たいんじゃん。じゃあ、寝よう、寝よう」と言ってブランケットを渡された。猫の体温があるからいいですと返すと、ボクは猫にさらに抱き着いた。目の前にる百さんはボクが目を閉じることを確認すると、猫の肉球で再び遊び始めているようだった。
驚くほど気を使える人だ。いや、人のことを良く見ているのかと改めて思った。そして、誰かのことを観察し続けるというのは、どれだけ疲れることなんだろうか。この人の喋り方には、いつも節々に努力がにじみ出てくる。頭の回転が速いのだろう。一流の芸人と喋っている気分になる時があるのはおそらくそのせいだ。
けれど、ボクは知っている。気が使える人が、無理やり笑っているという事を。いつも笑みを絶やさない人が消して辛いくないわけではないということも。鈍感で、誰かに気を使ったことがない人間にはわからないことだけど。
人を思いやるということを、意識してすることは酷く窮屈なことだ。圧迫される世界で、目の前で猫と戯れる人はどのように生きているのだろうか。なぜ、ボクという第三者の存在の疲労を気遣えて、自身の疲労を労わってやらないのか。
少しだけ、この人のことが心配になる。気遣われているのはボクの方なのに。なんて面倒な生き方なんでしょうね、と諭すように教えたいが、きっとその台詞を吐き出す前に話題を変えられるのは目に見えていた。