初めて君の料理を食べた時、俺は辛くて思わず水で流し込んでしまった。口の中がヒリヒリして、唇は痛くて、喉は焼けるように熱かった。
ふと、後ろを振り向くと君は慌てたような顔をしていた。眉をひそめて口を半開きにして、どうしようか戸惑っている顔だった。双眸は少しばかり涙が溜まっていて、慌てる君は、謝罪の言葉を脳内で必死になって構築していた。
ああ、そうか、こういうことで傷つく子だったということを俺は思い出した。自分の失態に苦笑いが漏れそうになり、年上として気を使ってあげるべきだったという気持ちと、自分の本音を正直に、この子に伝えなきゃいけないって気持ちが混じりあって、なんとまぁ珍しく俺は口から言葉が出てこなかった。

本音じゃない言葉を喋るのはわりと得意な方だ。
昔から、心の中で思っていることと、口から出てくる言葉がちぐはぐで噛み合っていない時がよく合った。人はそれを嘘というのかも知れないけど、その場を円滑に回すために、多少の嘘は必要になるものだと俺は思っていて、特にそのことを「悪いこと」として捉えたことはなかった。昔の彼女には「上辺だけの人」と捨て台詞を吐かれ振られたことだってあったけど、昔の俺は、まぁ女なんてまた作ればいいと思っていたし執着もしていなかった。何より、自分の横にいた男(Re:valeの千)が俺のすることを全肯定するような奴だったので、自分の上辺だけの優しさをさほど気にしたことはなかった。と、いうか上辺だけの優しさなんていう考えすら持ち合わせていなかったな。俺が生きていく中で、ごく自然に。当たり前の行為としておこなっていたことなので、それを否定されてしまえば、じゃあ、君と俺は気が合わなかったんだよ、と言ってさよならするしか他ならなかった。
けして適当に生きてきたというわけではないのだけど、こうして、嘘をついてこの場を丸く収めるか、本音を言うかで迷う日が来るとは思わなかった。
この料理。正直にいうと、俺の口には合わない。寧ろ、この子は、この料理を平気な顔で食べているのかと思うと、食に関する好みは圧倒的に合わないんだろうなぁということが推測される。食の好みが合わないっていうのは恋人間においてわりと重大なことだ。食事をしに行くということさえも、悩みの種となる。勿論、今までだって食に関する好みが合わない恋人はいくらでもいたけれど、結局、友人というカテゴリーを含めて考えても、長続きしたのは、千くらいだった。アイツの食事は人間の食べ物というより、動物の、草しか食べないから、どの飲食店でもほとんど何も食べられないケースだってある。けど俺はそんなことお構いなしに自分の食べたい料理屋に入っていた。お前の方が偏食なんだから、お前が合わせろという考え方だった。
だから、本音を、どうにかして話した方がいいのは分かっている。だってこの子とは、俺は一時の浮ついた感情だけで付き合っているわけではないのだから。

「壮五くん」
お箸を机の上において、彼の名前を呼んだ。ついでに手も握ってみる。先ほどまで謝罪の言葉を考えていた顔が真っ赤に染まってわりと面白いなぁと感じてしまった。いや、違うな。そういうことを考えている場合じゃない。
「これ、俺には少し辛すぎたよ」
「で、ですよね。すみません」
「謝って欲しいわけじゃないんだ。ただ、一生、君の料理を食べていくつもりだから。俺好みの味も覚えて欲しいんだ。ダメかな」

そう言ってお願いする。頼むから傷つかないで欲しいという気持ちを込めて、手を握る力を少しだけ強めた。壮五くんは困惑しているのか、俺の言葉を咀嚼するのに、しばらく時間がかかったようだ。そして、一生君の料理を食べたいという、俺のプロポーズにも似た言葉をようやく理解してくれて、顔を真っ赤にした。
なにも言わず、彼は笑みを浮かべる。思わず見惚れてしまう可愛さがあった。顔が整っている人は正直な話見慣れているけれど、この子のことを可愛いと思うのはまた別の感情がある。アイドルだからいろんな人に見られてこそ、輝く存在だというのに、ほんの少しだけ、この笑みは自分のものだと思いたい。そんな気持ちが芽生える。
小さく首を縦に振って「はい」と小さく返事をくれた。