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「#エロ」のBL小説を読む
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六畳一間。古い昭和から使われている畳の上に、安い煎餅布団を並べて寝る。男と男が二人寝ようと思ったら、密着した状態で敷かないとスペースが十分に確保されない。だから、オレとユキは下積み時代、いつも朝起きたら相方の顔が真横にあるくらいの距離で寝ていた。始めの頃は、憧れていたユキさんの世界一美しい顔が真横にあるものだから、オレは寝るに寝れなくて、瞼を閉じてようやく夢の世界に誘われたと思っても、朝起きたらあの顔が一番初めに目に入ってくるものだから、心臓がどれだけあっても足りなかった。
けど、驚いたり寝れなかったのは最初だけで、ずっと一緒に居ると綺麗な顔が間近にある生活というのにも慣れてきたし、なにより、空腹を誤魔化すためにも疲労を回復するためにも睡眠をとらなきゃ死にそうな貧乏生活だったから、布団があるというだけで、自然と寝てしまうようになった。
そんなユキさんの顔に再び、心臓が破裂するんじゃないかってくらい興奮したのは、ユキさんがオナニーしている姿を見た時だ。
猛暑が続いていた数年前の夏。オレは暑さで目を覚ました。エアコンがある生活が当たり前になっていたオレにとって、扇風機しか使えない環境というのは、辛いもので、一度寝たら朝まで起きない方なんだけど、夏に入ってから何回か目を覚ますことが多くなった。そんな時でも冷たい水を飲んで、濡らしたタオルを顔に当てれば、自然と寝ることが出来るので、今日もそうしようと思って身体を布団から脱出しようと考えていた時だった。
「っ――」
僅かだが、喘ぎ声が聞こえた。オレは動かそうとしていた身体を不自然に止めた。硬直した。この部屋にはオレとユキさんしかいない。女をユキさんが連れ込んだことは一度もない。勿論、オレだって、そんなことはない。だったら誰が? というのは、寝ぼけた頭でも理解できた。ユキさんだ。紛れもなく、ユキさんの声だ。
意識しだすと、どうして先ほどまで気付かなかったんだろう? というくらい、オナニーする音で溢れていた。布団がもぞもぞと不自然に動く音、手と性器を上下させるぬるっとした音、ユキさんが抑えているのにも関わらず漏れ出す喘ぎ声。もっと早く気付いても良さそうなくらい、六畳一間の小さな部屋は、オナニーの音が支配していた。
普通の友達がオレの横でオナニーをしていたら「人が寝てるときにするなよ」って冷静に思いながらも、同じ男だから吐き出したくなる気持ちは分かるから「しょうがないよねぇ」って思いながらちょっと気まずいけど、寝たふりを続けて、なにも思わなかっただろう。けど、ユキさんは普通の友達じゃない。元々、オレが憧れていた世界一カッコイイアイドルグループ。Re:valeのユキさんだ。今は色々あってオレの相方だけど、とにかく、普通の人みたいにオナニーしてる姿なんて想像したこと無かった。女癖が悪いって噂は聞いたことあるし、セックスは嫌いじゃないんだろうなぁというのは、喋っている最中、たまに口から出てくる最低発言で理解していたつもりだけど、オナニーするのは予想外だった。オナニーするくらいだったら、女抱いてくる、くらいのことは平気でやっちゃいそうなのに。そうか、オナニーするんだ、ユキさん。
当たり前だ。人間だし、良い年齢のやりたい盛りの男じゃないか。オレだって、暫くご無沙汰だけど、夢精したくないから、ユキさんがいないとき、トイレでこっそりオナニーしてるから。ユキさんだって、他の誰かとセックスするような余裕が今ないんだから、一人でオレが寝静まったあと、オナニーしていても可笑しくはない。
オレは気付かない素振りをして、蒸せるように暑いのを耐えて寝ればいい。明日の朝になって、知らなかった顔をして過ごせばそれでOKだ。普通の友達に対する態度でいいんだ。気にしなくていい。気にしなくていいんだ。
「っ――はぁ」
あ、射精した。ユキさんのイくときの声を聞いてしまった。耳の奥に残る妖艶な肉声だった。頭の中でユキさんの声が反芻されて、生唾を大げさに飲み込む。
射精した後も、ユキさんは肩で息をしており、ごそごそと、こちらに気を使った静かな動きで、枕元に置いてあったティッシュを使って指先の精子をふき取っていた。そのまま、のそり、と立ち上がる。手を洗いに行ったのと、オレに見つからないよう、ティッシュを台所の所にあるゴミ箱まで捨てに行ったのだろう。
オレは固まっていた身体から、ようやく、深い息を吐き出した。一度で終わってくれて良かった。多分、本当に夢精しないためのオナニーだったんだろう。匂いが精液を吐き出した直後独特の噎せ返るような香りになっていない。
普通の。
しょうがない。
当たり前の。
オナニーだ。
男だったらふつうだ。
なのに、なんで、オレの性器は勃起しているんだろう。お腹にくっついちゃいそうなくらい膨らんでいる。しばらく抜いていなかったから、ほんと痛い。手を伸ばして裏筋を弄ってあげたらすぐに達することが出来そうなくらい。布団があってよかった。布団がなかったら手を洗って帰ってきたユキさんに勃起しているのが、バレてしまう所だった。相方に、憧れの人に勃起している自分が酷く恥ずかしかったし、なぜ、自分が、勃起しているのかが、分からなかった。
結局その日は、今、お世話になっているバイト先のゴリラ顔の店長の顔を思い出して、なんとか萎えさせた。