「そうだね、トラは間違ってないよ」

昔から帝は俺が何を仕出かしても肯定する。
普段は、他者と目を合わすことすら臆病で震えている癖に、俺を肯定するときは顔をあげ、溌剌とした力強い笑みを浮かべるのだ。
俺は昔、なんでも相槌を打つ帝のこと嫌いだった。
いや、違うか。嫌いっていうと、ちょっと違和感がある。嫌いだったことなんかねェ。カミサマに誓って俺は帝のことを、心底鬱陶しく感じたり、腹立ちと八つ当たりで物を蹴り飛ばしたりしたことはあるけど、嫌いだったことなんてねェ。
テメーなんか嫌いだ! と生まれたときから一緒に育ってきた幼馴染で親友あり、なにより大切にしなきゃならねぇもんだと認識してた俺に対し、恋愛対象として好きだと(俺たちは男同士なのになんでだよ意味わかんねぇよ!)告白されたときには、テメェが俺にこんなクソめんどくせぇ感情を抱きさえしなきゃ、俺はお前のことを、心底鬱陶しく感じたり、八つ当たりで物を蹴飛ばしたり、おめぇなんか嫌いだ! と心の底から思わずに済んだのに! と随分、酷い気持ちを帝に飛ばしていたが、それでも、俺は心の底から帝を嫌いになったことなんて、ただ一つもないのだ。
だから、このなんでも俺の言うことに対して肯定しかしない帝に抱く感情は、嫌だ! って気持ちじゃなくて、その、見返り無しで俺のことをすべて肯定する瞳からプレッシャーを感じていただけなのだ。帝は俺のことを、なんでも、すごい、すごい、と簡単に褒める。
「トラは誰とでも喋れてすごいね!」
なにも考えてないだけだ。
「試験の結果悪かったの? トラほどの人間はこの紙じゃ図れなかったんだね。それに勉強なんかより大切な価値のあるものをトラは持っているから」
ただバカなだけだ。自分が勉強出来るからって勉強の地位を下げるんじゃねェ。
「うん、わかってるよ、トラが○○さんとセックスしたこと。けど、それはトラが悪いんじゃなくて、僕が男だから。トラは僕に付き合ってくれているだけだから。本当は男を抱くなんて考えただけでもノンケの人からすれば気持ち悪いことなのに、それでもトラは僕のことを抱いてくれるんだ。それって、とっても優しい人なんだよやっぱり。トラは僕のことをすぐに、お前は優しいヤツだ、とか、お前は良いヤツなんだ、とか言ってくれるけど、本当にやさしくていい人はトラみたいな人を指すんだよ。僕はトラの優しさに甘えているだけで」
違う! 男同士だからって、○○したのも俺だし、男同士だからって○○を○○したのも俺だし、俺は本当はお前に○○って言われるの嫌じゃなかった、だってよ、それが当たり前だと思ってたし。俺がそれでもお前の気持ちを受け入れられなかったから、だから、あんな。お前は○○して、○○しちまったんだろうが。

あぁぁ――なんか、イヤな所まで思い出しちまった。帝と過ごした時の中で、あの俺たちが本当の意味で付き合いだすまでのことは記憶の奥に沈めておきたい。
まぁ、そんなわけで、帝はなんでもかんでも俺を褒めて、そりゃ強引だろうって理屈でも俺を肯定するためなら、平気で告げる。俺はそのたびに、俺はそんな大した人間じゃねぇよってずっと思ってて、そう、プレッシャーだったのだ。
今でも帝が俺のことを褒めるたび、背中に重いものがズシリと伸し掛かる感じはするけれど、それ以上に、見返りもなしで自分のことを手放しで褒めて肯定してくれる、存在がいるということにどこか安堵している。
外見も人並みに悪くねぇし、実家が、オーデルシュヴァングっていうのもあって、俺のことを無駄に褒めたたえる奴等はいた。頭が空っぽを絵に描いたような女、俺の外見や金にしか興味ない男、まぁ、ほかにも色々。そいつ等の甘い言葉を俺は、こいつらは兄貴をしらねぇから、こんな風に俺を褒めたたえられるんだって思ってて、そんで、心の底から俺のこと、すげぇって思ったことないだろうって、そう、わかっていた。他人が俺を褒めるのなんか、上辺だけのお世辞でしかねぇんだった。けど、それを気にしたことも殆どなかった。なんでかって、ちょっとだけ無い頭振り絞って考えてみたけれど、俺の横にはいつも、俺を肯定して褒めまくるヤツがいて、そんであの子は全然、俺に見返りもなんにも求めてない。
あの子を一度失って、あの子がもう一度俺のそばに戻ってきて、俺が落ち込んだときとか、俺に否があるときとか、そういう時、あの子は、帝は迷わずいうのだ。

「そうだね、トラは間違ってないよ」

そう。
迷いのない言葉を言い切るのだ。俺はそれを聞いて、そうだよな、ああ、そうだよ、だよな、うんそうだよ! って沈んでいた心が復活して、めちゃくちゃ幸せな気持ちになる。一人くらいなんでもかんでも俺のことを肯定してくれる奴がいるくらいでちょうど良いんだって、今ではそう思っていて、それを何気なしに、柴田とかに告げると、何か言いたそうな眼でこちらを見られた。