及川と岩泉 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



夕暮れに岩ちゃんの顔が映っていた。眉間に皺を寄せて、図書室の椅子に腰かけている岩ちゃんは欠伸をする暇もなく問題用紙と向き合っている。
私立ならではの暖房が行き届いた部屋は真冬だというのに、肌寒さを感じさせない。隙間風が入ってくることもなく、俺は問題用紙と向き合うふりをしながら、ずっと岩ちゃんを眺めていた。

岩ちゃんが俺と別の大学へ行くということを知ったのは半年ほど前だった。春高の予選が始まる二週間前、進路相談で俺たちは担任に呼び出された。部活の時間が奪われるのが惜しくて、唇を尖らせていると、先に相談室へと入っていった岩ちゃんがでてきた。出席番号順だから、岩泉と及川では岩泉の方が一足先に進路相談をすることになるのだ。
俺の進路はとっくに決まっていた。なんとなくバレーは大学に入るまでと決めていた。本気をだしても俺の限界は見えている。口に出して言わないが、県の選抜チームに選ばれることもない奴の実力の天井はすべて覗いてしまっている。折り合いがつけられないとなると嘘になるが、昔より幼さを脱ぎ捨ててこれたので、この青葉城西で岩ちゃん達とのプレーを最後にして潔く引退しようかと思っていた。岩ちゃんにだけ、随分前にその意思を伝えて、岩ちゃんは「お前に潔くなんて言葉似合わないけどな」と呆れた声をだしていた。
だから、なんとなく勝手に岩ちゃんも高校でバレーを止めるものだと決めつけていた。岩泉一のバレーは及川徹と共にプレーするのだから意味があるのだと決めつけている所があった。俺以外の球を好んで打ちたいと思う岩ちゃんなんて想像出来なかったのだ。
「岩ちゃんはどこにするか決めた?」
軽口のつもりだった。俺が上京するんだから、岩ちゃんも上京するだろうと決めつけていた。相談室へ入る一歩手前で、逆行が差し込む中で俺は尋ねた。岩ちゃんは相変わらず仏頂面をしていて、言いずらそうに目線を一度落とした。俺が知らない、岩ちゃんの動作だった。
堅く乾いた唇が開き、目を細めながら岩ちゃんは言葉をゆっくりと落とす。
「県内のO大」
瞬きをして相談室を開ける扉にかかった手の動きを停めてしまった。岩ちゃんは伐が悪そうな顔色で俺を見つめた。やだ。そんな顔するなら、はじめから止めときなよ、と俺は声にならない言葉を漏らした。
平常心じゃいられないのを自分で察して、逃げ込むように「そうなんだ」とだけ告げ相談室へ入りこんだ。先生は俺の切羽づまった顔を見て心配そうに覗き込んできた。ごめん、先生。今、進路相談を先生としている場合じゃないんだとその場にしゃがみ込む。けど、泣きそうな顔を出来たのはこの狭い個室にいるのが同級生ではなく年が離れた大人であったからだろう。
岩ちゃん。
岩ちゃんは大学でもバレーを続けるつもりなのだとすぐにわかった。O大は県内でバレー部が強いことで有名な大学だ。県外から部員を集めるほど賑わってはいないが、そもそも男子バレー部がある所が珍しいのだ。
俺は顔をあげ泣きそうな目で相談室の窓辺に映る夕日をみた。先生が「大丈夫か及川」と声をかけてきてくれている。
とんでもない思い違いをしていることに気付いた。岩ちゃんは俺とずっと同じ選択をしてくれるだろうと思い込んでいた。俺がバレーをやめるのなら、岩ちゃんだってやめると。俺以外の球を打たないという勘違いをしていた。
岩ちゃんには岩ちゃんの意思があって、それはどうすることも出来ないのだ。彼の言葉には不思議な力があって、いうならば、強者のみが用いることが出来る力なのだ。強者というのはバレーが上手いとか、勉強が出来るとか、上辺だけの才能じゃなくて、人間の本質に関わるような精神的な話をしている。岩ちゃんの言葉には重みがある。それは、岩ちゃん自身の主軸がしっかりしていて、彼が持って生まれた人間性を表しているような言葉を吐き出すから、俺みたいなちょっと軸があやふやで精神コントロールが苦手な幼い子どもには、ずどんと響いてくれるのだ。
言いかえれば、岩ちゃんは一度決めたことを覆すような人じゃない。

決定事項で決められたのなら、異論を唱えたところで変えられることはないのだと判って、瞬きを繰り返した。





そんな感じで俺が岩ちゃんの進路先を聞き出してから半年が経過した。俺たちは引退して立派な受験生になった。俺は岩ちゃんの進路について、なにも言うことなく、ただ残された時間が寂しいのだという、あざとい眼差しだけを向け、図書室の一室に腰かけている。
「おい、及川。さっきからこっち見てねぇで真面目に勉強しろ。受からねぇと、なにもなんねぇぞ」
「はいはい。及川さんはもう受かること決まってますから。大丈夫だよ。岩ちゃんとちがって輝かしい大学生活を謳歌するんだから」
「俺だってそのつもりだよ。まぁ、帰ってきたら構ってやるよ」
岩ちゃんはさらりと俺の強がりを見抜いているくせして、深くツッコみを入れることなく、シャーペンの芯を動かしだした。
こういうやり取りをしていると、俺と選択が別になるということが、岩ちゃんにとって当たり前なのだという、もの悲しい気持ちにさせられる。現実を突きつけられるみたいだ。
正直、俺には予想できない。岩ちゃんがいない大学生活が。もっと想像できないのは、一度、選択肢が判れてしまった俺たちなのに、帰ってきたら今まで通り接することが出来ると決めている岩ちゃんの態度だった。残念なことに、俺はそんなこと想像すら出来ない。実家へ帰ってくることも滅多になくなって、これから先の未来、俺たちが疎遠になってしまう未来しか描くことが出来ない。
岩ちゃんはそんな、不安、ないんだろうか。ああ、きっとこの人は持っていないんだろうなぁと目を細める。
ずるいなぁ。俺ばっかり一緒にいたいみたいだと、目を落とした。